2001-11-23

学名とは

[2008年11月15日: 古いハードディスクの中から、下のような文書が出て来た。誰かの参考になるかもしれないので、 ここに本来の作成日の2001年11月23日付で公開。ちなみに2001年に書いた原文で「メクラウナギ」となっていたのは最近の名前に訂正した。昔からの固有名詞にめくじらたてなくてもいいと思うんだけどね…]

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この文書の内容は、おもに「日本大百科全書」 (小学館、1998) に頼って書かれています。しかし、もしも誤りがあったら、それはこの文書の筆者のせいであって、原書の誤りであるはずがないと思ってください。また、 植物/細菌/ウイルス の学名の付け方に関しては以下の説明とそれぞれかなり異なるところがあります。この文書では簡単のため、動物の学名の付け方に話を絞って説明していくことにします。海の生物にはたいてい動物の学名の付け方が適用されますが、たとえば(ほとんど全ての)藻類には植物の学名の付け方が適用されます。

生物の各種類には、世界中で共通に用いられる名前が生物学者たちによってつけられています。しかし、この世界共通の名前は、ラテン語またはラテン語のような綴りの名前ですので、日本人にはあまりなじめないものでもあります。たとえば、日本でブリとふつう呼んでいる魚は、世界共通の名前として、
Seriola quinqueradiata Temminck et Schlegel, 1845
という名前を持っています。

この例では「ブリ」にあたる、日本で広く使われている名前のことを、和名 (あるいは、標準的に使われているという意味で標準和名) と言います。注意しなければいけないのは、日本では、たとえ同じ魚であったとしても、その地方ごとにいろいろな呼び方をしていたりすることです。また、同じ魚 (例えばブリ) であってもその大きさによっていろいろな名前 (ハマチだのトドだの) で呼ぶことさえあるということです。地方とか大きさで異なってしまうようなそういう呼び方は、標準和名とは言いません。標準和名は一種類の魚に対して一つだけ定まるべきものなのです。ところで、ブリは「ぶり」とか「鰤」とも表記できますが、標準和名というときには、必ずカタカナを用いて「ブリ」と書くことになっています。

さて、ブリには Seriola quinqueradiata Temminck et Schlegel, 1845 という世界共通の名前もあると、前に書きました。このような世界共通の名前のことを学名と言います。

ここでいくつか、標準和名と学名の例をあげましょう。

マイワシSardinops melanostictus (Temminck et Schlegel, 1846)
ネコザメHeterodontus japonicus (Maclay et Macleay, 1884)
ホソヌタウナギMyxine garmani Jordan et Snyder, 1901
アキアナゴGorgasia taiwanensis Kao, 1991

上で、マイワシ、ネコザメ、ホソヌタウナギ、アキアナゴの部分が標準和名で、残りの部分がそれぞれの和名に対応する学名です。学名は、「その生物が含まれている属の名 (つねに大文字で始まる)」と「その生物を他の生物と区別するために特に与えられた種の名 (つねに小文字で始まる。この部分を特に種小名と呼ぶことがあります)」と「この学名の命名者」の3つをこの順に並べて表記すると決まっています。たとえば、マイワシの場合は、

マイワシが含まれている属の名(大文字で始まる)Sardinops
マイワシを他の生物と区別するために特に与えられた種の名(小文字で始まる)melanostictus
マイワシという生物に学名を付けた人(Temminck et Schlegel, 1846)

となっているわけです。

上の例で、学名をつけた人を表す部分に 1846 という数字があります。これはこの学名が公表された年を表しています。 Temminck という人と Schlegel という人が命名者であることが分かります (et はラテン語で、英語の and に相当します)。 Temminck et Schelegel, 1846 というのがカッコの中に入って、 (Temminck et Schelegel, 1846) となっていますね。一方、上にあげたアキアナゴの例を見て下さい。アキアナゴでは、命名者の部分は Kao, 1991 ですから、カッコの中に入ったりしていません。これはいったいどういうことなのでしょう。誤植なのでしょうか? 実は名前にカッコがついたものは、命名者が学名を公表したあとで名前が変更になっている場合を表しています (名前の変更は、研究が進んだ結果、いままで別の種と思われていたのが同じとみなされるようになったり、その生物の含まれる属を変更する必要が生じたり、属が統合されたりすると起こります)。カッコがついていない場合は、最初の命名者がつけた名前そのままであるというわけです。

ところで、同じ種類の生物なのに地理的な分化が生じて、亜種が認められていることがあります。こういうときには、亜種を区別するために、たとえば、次のような学名を付けます。

アユPlecoglossus altivelis altivelis Temminck et Schlegel, 1846
リュウキュウアユPlecoglossus altivelis ryukyuensis Nishida, 1988

この例で、 Plecoglossus altivelis の部分が属の名と種の名であるのは亜種のない普通の学名の場合と同じです。そして、その次にある altivelisryukyuensis が亜種を区別するための名前というわけです。ちなみに、 Temminck et Schlegel, 1846Nishida, 1988 の部分が命名者を表していることは、すでに説明した場合と同じです (亜種名は小文字で始まるので、命名者の項目と紛れるおそれはめったにありません。van Hasselt などの小文字で始まる人名の場合にだけ注意が必要になります)。

亜種の場合と似ていますが、属が亜属に分けられている場合もあります。たとえば、 Siganus という属や Acentronura という属は亜属に分けられています。すると、そこに含まれる生物は、たとえば

ヒフキアイゴ Siganus (Lo) unimaculatus (Evermann et Seale, 1907)
タツノイトコAcentronura (Acentronura) gracilissima (Temminck et Schlegel, 1847)

のような学名を持つことになります。属の名と種の名の間に、カッコで囲んで (Lo)(Acentronura) と記されていますが、これが Lo 亜属や Acentronura 亜属を表します。タツノイトコの例では、亜属の名前 Acentronura と属の名前 Acentronura は一致してしまっています (このような亜属を代表亜属といいます) が、これはもちろん特別な場合で、一般には同じにはなりません。

印刷に関する注意:命名者より前の部分は、印刷の際に可能なら「イタリック体」(斜めの字体)にする約束です。ブラウザ依存ですが、この記事では該当部分をイタリック体にしてあります。ちなみに、この記事では色分けもしてありますが、理解のためであって、約束事ではありません。イタリック体にすることによって、既に述べた細かい問題点「人名が小文字で始まる場合、亜種の名と紛れる」が回避できます。
例: Clibanarius longitarsus de Haan, 1849
また、誤解の余地が無い場合は、命名者の部分は省略することができます。
例: Clibanarius longitarsus
さらに、すでに述べたのと同じ属の別の種に言及する場合で、誤解の余地が無いときには、属の名を頭文字だけにして書いても構いません。
例: タテジマヨコバサミ C. striolatus

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究極の厳密さを求めるマニアのためのリンク集

[かつての生物分類学における]動物と生痕化石 (ichnofossils):
ICZNInternational Code of Zoological Nomenclature, Fourth Edition (国際動物命名規約 第4版) の英語での正本の全文を閲覧できる。ソフトカバー版の日本語での正本 (同一内容のハードカバー版は絶版) も存在し日本分類学会連合から送料込2500円で頒布されている。(注意:日本語版は翻訳ではなく正本である。)

[かつての生物分類学における]植物:
IAPTInternational Code of Botanical Nomenclature (国際植物命名規約) の英語正本の全文を閲覧できる。6年毎に定期的に改訂され、最新は2005年の "Vienna Code"。日本語訳の公式版も存在し日本植物分類学会から送料込2500円で頒布されている。(注意:日本語版は Appendix IIA 〜 V を訳出していない。)

真正細菌古細菌:
NCBIInternational Code of Nomenclature of Bacteria (国際細菌命名規約) の英語正本の全文を閲覧できる。日本語訳が菜根出版から世に出たが出版元倒産のため絶版。

ウイルスレトロトランスポゾン:
ICTVThe International Code of Virus Classification and Nomenclature の全文を閲覧できる。ウイルス関連の洋書にこの全内容を含むものがあるが、値段がぼったくり。(汗)
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