2008-11-10

Pinisi


けさ、帰国。

今回のインドネシアのダイブクルーズ。現地で乗船したのは、 pinisi という大型木造帆船だった。 上の写真は KBBI の pinisi の項。「Sulawesi Selatan (南スラウェシ)の Bone、Buton 地域を発祥とする伝統的な帆船で、メインマストは2本、帆は船首3、前マスト2、後マスト2の計7枚を持ち、島と島の貨物輸送に使われる」と書いてある。

ただし、pinisi は 1970年ころまでは純粋に帆船だったが、現在ではエンジンが付いている。構造材は kayu ulin (学名 Eusideroxylon zwageri)。この木は、とても硬くて重く(気乾比重でも1.03より大きく、海水に沈む!)、フナクイムシやシロアリの攻撃にも強い。だからとても堅牢で耐久性のある船だ。

Eusideroxylon zwageri は国際自然保護連合 (IUCN) のレッドリストで「危急」とされており、インドネシアとマレーシアの政府は国外への輸出を公式には禁止している。が、なぜか日本では堂々と「ウッドデッキに最適」と売ってる材木屋があるんだよね。)

設計とか造船の方法とか用いる素材とかは、多くの人々の長年の知識や経験の結実なのでなかなか変えられない。だから、pinisi に限らず、帆船にエンジンを無理矢理付けたような船がインドネシアにはけっこう多くある。これらを総称して Kapal Layar Mesin (KLM) と言う。「船」「帆」「機関」の意味だ。帆がある船として登録すると税金が安くなるという事情も、KLM が多いということと関係あるだろう。KLM が機関を使わずに帆だけで進めるかどうかは、構造上はおそらく今でも大丈夫なので、クルーがその技術を持っているかどうかにかかっている。これはとても疑わしい。

日本でもヨットに機関がついていたり船外機がついていたりするが、KLM では帆は飾り。日本のヨットとは違う。

11/7のエントリ「クルーズ終了」に、実際に私が乗った KLM Cheng Ho の写真がある。

Cheng Ho は中国が「明」の時代に皇帝の命により大航海をした鄭和 (Zhèng Hé) にちなむ。1996年の進水当時に Sea Safari V と呼ばれていた船を改名したようだ。なぜ改名の必要があったのかは知らない。どうやら現在のオーナーは、中国系のインドネシア人らしい。私の船室の前には「漁夫得利」と題された、老人が魚を釣り上げている彫刻が飾ってあったりして、何か気になった。魚とダイバーが戯れている間に経営者がお金をかすめ取るという意味かい?(かつてインドネシアは漢字の書かれた本を禁止していた時代があるため、中国系の人でも漢字は読むことができない。実際、隣のマレーシアとは全然違って、インドネシアには漢字の看板は全く無い。だから、たんに分かってないだけかもしれない。)

というのはさておき、KLM は一般的に船足が遅い。Cheng Ho は巡航速度 6 kt。 これでも速い方だ。もともとマストに力を受けてこそ滑らかに走る設計なのだから、スクリュープロペラを用いたのでは推力の場所が異なり、必然的に安定性を欠くことになる。しかもエンジンは積荷としては重たすぎる。従来は想定されていなかったこの重量のせいで船全体のバランスも崩れてしまっている。だから、少しでも波があるとすごく揺れた。これはパワーのあるエンジンに載せかえれば解決する問題ではない。

(ちなみに、Cheng Ho の操舵室には舵輪が2つあった。昔ながらの帆船としての舵と、スクリュープロペラの水流を制御する舵だ。)

ダイビングクルーズに KLM を使うのは豪華で居心地が良いように見えて、実は、上に述べた理由で、いまいち。海況が悪化したとき、島陰から島陰へと縫うようにノロノロとしか走れなくなることを考えれば、とーんでもなく余裕のある日程を組まざるをえない。

今回は、Raja Empat へ行くことを売りにしていたクルーズで Ambon から Sorong まで11泊だったのだが、実際、一番いいところでの滞在時間が短かすぎ。ガイド自身のそのポイントでの経験が少ない、あるいは、ひょっとして全く無いから、テンダーを止めてダイビングを開始する場所も不適切。"Cape Kri" は何度も潜ったからすごく楽しみにしてたのに、あんなに流れの下流でエントリしちゃ特異点に行けないじゃないか。Raja Empat へ行きたいのなら、P. Kri にある、 Max Ammer さん(とっても素敵な方です!)のリゾートに滞在したほうがいい。両方を体験した私が言うのだから間違いない。

いろいろと考えさせられた。"... is what I get when I didn't get what ..."、つまり、得られなかったとき得られるものが多くあった。他のことはもう書かないけど、乗り継ぎ時間が得られなかったときに得られる経験、ということも含めて。
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