2008-07-30

自爆外交 Part 2


Part 1 の韓国編につづいて、私の実体験に基づく Part 2。インドネシア編。

2004年2月1日付けでインドネシアの入国管理制度に変更があった。それまでは、観光目的の日本人がインドネシアを訪れる場合、主要な空港や海港からの入国だったら入国査証(visa)は不要だった。その制度が変更され、いくつかの特別に指定された空港と海港で到着時入国査証(On Arrival Pass: OAP)を購入するというようになったのだ。

この変更は、ほとんどの日本人観光客が指定空港 CGK (Jakarta) か DPS (Denpasar, Bali) を入出国の場所としているため、普通は気がつかない程度の些細なことだった。 OAP の値段だって高々 25 米ドルだし。

入管制度変更直後にインドネシアを訪れたことがある。で、現地で大問題に出くわした。今回の記事は、そのネタ。

購入した航空券は 29FEB TYO SQ SIN SQ CGK /- BPN MI SIN SQ TYO END、つまり Singapore 航空とその子会社 Silkair で通して発券の、 インドネシア入国は Jakarta (CGK)、出国は Balikpapan (BPN) というものだった。(CGKBPN は Garuda Indonesia 航空の片道航空券を別途購入。)

29 FEB 2004、往路の Jakarta (Soekarno-Hatta) では直前に料金を払い、入国審査で何の問題も無く OAP のスタンプを押してもらえ、入国できた。

問題は復路の Balikpapan (Sepinggan) で 08 MAR 2004 に発生した。

Balikpapan の Silkair のカウンタで航空券とパスポートを提示した。すると、驚くべきことをカウンタのお姉さまが言うではないか、「おそれいりますが、この visa ではこのフライトにご搭乗いただけません」。えっ? visa って入国査証でしょ。出国は関係ないんじゃない?と、私が言ってみても、「そういう規則ですので、こちらも飛行機に乗せて出国させるわけにはいきません」という。そんな規則があるはずないだろ?と言うと、こんどは「Balikpapan は、OAP を発行する指定空港ではないので、OAP では出国できないというのが規則です。Jakarta から OAP でのご入国ですので、Jakarta か Denpasar からご出国されると良いと思います」と無茶なことを言う。おいおい、航空券を発券しておいていまさら使えないって何事だよー。国際線の片道を捨てて買い直して、BPNCGK の国内線も追加で買えってか?

航空会社のお姉さまと話をしていてもらちがあかないので、直接、入国審査官に質問することにした。こういう場合、相手の得意な言語で議論するのは得策ではないので、インドネシア語なんか使わない。お互いにとって外国語であるところの、英語で質問するというのが定石だ。

出国審査のブースにはベールを被ったお姉さまがいたが、ちょっと話しかけたら、別室から偉めの人が出て来た。胸元の名札をすばやくチェックし、その画像を記憶。その偉めの人 (仮に N氏 と呼ぶことにしよう) も Silkair のお姉さまと同じことを仰る、「Balikpapan は OAP の指定空港ではないので OAP では出国できない。OAP を発行している指定空港から出国する必要がある。いままでにもあなたのようなケースがあったが、皆、Jakarta や Denpasar 経由で出国した」と。

さあ、どうしよう。何かが根本的におかしい。visa は「入国」査証だ。出国時にオーバーステイ以外のチェックはないはず。国家というものは、なにも損害を与えなかった者が許可された日数以内で立ち去るときに追いかけるようなバカなことはしない。

この時点で、ピンと来るものがあった。

N氏を人影のない片隅にさりげなく誘導した。これは「交渉」すればなんとかなる、とみたのだ。結果は、あんのじょうだった。

航空会社のカウンタに戻り、お姉さまに「出国できることになった」と告げた。すると、お姉さまは半ばパニックになりながら、N氏に確認しに走って行く。はははは。どうやら、そういうことをしたのは私が初めてだったらしい。首を振りながらもどってきたお姉さまは「あなた、いったいどうして?」とかいいながらも、荷物を預かり、搭乗券を渡してくれた。ありがとう。

にやにや笑う N氏にパスポートと搭乗券を提示、スタンプを押してもらい出国した。N氏は「おまえみたいに頭のいいやつはめずらしい。職業はなんだい?」みたいな雑談までしてきて、とても嬉しそうだ。まあ、結果として、国際線航空券は無駄にならず、「交渉」が必要だった点のみが私の持ち出し。

帰国後、このままではいけない、おなじような目にあう人がいるかもしれない、と考えた。自分にできることがあるのではないか、N氏のような奴は野放しにできない。そうだ、悪いけどあさっての方向にねじこむという手があるじゃないか。というわけで、さっそく Singapore 航空の東京事務所に電話を掛け、ちょっとだけゆがんだ話にしてみた(ゆがんでるけどありうる話だからね)。おたくで発券した航空券の経路で、 OAP で入国したんだけど、出国時に Balikpapan のカウンタと入国審査官の双方がぐるになっていて「交渉」が必要だった、と。

(本当は片方だから、 Balikpapan のカウンタは濡れ衣。ごめんね、打てる手はこれしかなかったので。東京事務所の方にもお手数をお掛けしました。)

私にこう言われた東京事務所はびっくりしたようだ。詳しいインドネシアの事情は分からないが OAP で問題なく出国できるはずだ、という。でも、確認のため現地と直接やりとりしてみるからと、 Balikpapan のカウンタの責任者への質問の社内メールを私にも CC で見えるようにしてくれた。東京事務所は、もちろんインドネシア大使館とも連絡をとってくれている。

つまり、「私があっさりとは出国できなかった」という小事件は、外交問題になったのだ。

すぐに、濡れ衣を着せられた Balikpapan の航空会社カウンタから当然のように怒った調子の返事がきた。「ITO/HISASHIMR が搭乗したのは事実だが、入国審査官との間で何が起こったか当方は把握していない。 OAP では本来、出国できないはずなので当方も驚いている」と。勝った。自爆である。このメールが、私があっさりとは出国できなかったということの客観的証拠になってしまったのだ。

あとは放置。あちこちに傷をつけてもしょうがないので、ここまでで一件落着である。インドネシア大使館には名札を画像として覚えていた N氏の名前まで伝わったはずだ。N氏かわいそうに、一番悪い相手と最初に出くわしちゃったね、普通の相手だったら名前までは覚えてなかったと思うし、正しい方向にねじこまなかったと思うよ。

Balikpapan からの返事のメールの約1週間後、インドネシア政府から公式に発表があった。 Balikpapan 他数ヶ所の空港、海港を OAP 指定港として追加する、と。なるほど、すばやく、かつ、再発を効果的に防止する解決策ですね。というわけで、今、 Balikpapan からインドネシアに OAP 購入して入国している人、こんな面白い事件があったんですよ。

もちろん、私には戻って来ていないものがあるけど、ま、プライスレスな体験ということで。
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