2008-11-14

ユウゼン


(写真は、小笠原、兄島、滝之浦「横だおし」にて。2008年7月。)

インドネシアでの今回のダイブクルーズのお客さんの中に超マニアックなおじさん J が居た。

J は、たぶんちょっとお酒を飲み過ぎでぽっちゃりとしていて、明るい感じの人。とても分かりやすい英語で話しかけてくれる。日本語だって挨拶くらいなら喋れちゃう。

実際、 J はただものではなかった。私には、魚の名前を学名で言うのだ。そういう白人さん、初めて見た。

6月に私がインドネシアに行った時の写真は、それぞれの写真のファイル名に学名を使って公開した。 J は、私と共通の知人の紹介でこのダイブクルーズに参加したため、それを見ている。そして、私が学名を理解している、と知っている。だから話をするときは、英語の common name ではなく、学名。いやー、珍しい体験だった。

川本剛志/奥野淳兒
「エビ・カニガイドブック」2, 沖縄・久米島の海から, 阪急コミュニケーションズ, 2003.
ISBN978-4-484-03405-8

の p.152 に奥野さんの体験で、Centropyge を「セントロパイジ」と発音しないと通じなかったという話がある。

J は、学名の読み方がいろいろあり得ることも熟知していた。「セントロパイジ」と J が言って、一瞬、私があれっという顔をしただけで即座に、「ほらほら、dwarf angelfish だよ。発音が違っちゃったね」とまで言ってくれた。すごすぎ。 J のレベルは、奥野さんの相手の生物学のプロを超えてるじゃん。

なんで Centropyge の話になったかというと、「日本でダイビングするのにどこがいい?」というありきたりの話から。 Okinawa とか Ogasawara とか知らないかなあ、と振ったら、知ってた。「Ogasawara に行きたい。 Chaetodon daedalmaCentropyge interruptus が endemic なんだよね」と。おお、そう来るわけね。

「そうだね。 Ogasawara は私の大好きな場所なんだけど、どっちもとってもたくさん居るよ」と答えておいた。

ちょびっとだけ、ウソ混入。相手の言うことに肯定的に答えたので。真実は、小笠原までわざわざ行かなくても、どちらも八丈島あたりで飽きるほど見られる。

Chaetodon daedalma はユウゼン。分布域は、八丈〜小笠原、大東諸島。沖縄〜奄美にも居ない事はないが珍しい。種小名 daedalma は Δαίδαλος (ダイダロス)に由来。ダイダロスは、ギリシャ神話に登場する伝説的な大工/工匠/職人/発明家の名前(「迷宮」を作った人、と言えば分かりやすいかな)。で、転じて、天才的な職人芸とか、作品の出来栄えを賞賛する形容表現としても使われる。英語の common name は "Wrought iron butterflyfish"。 Wrought iron は「錬鉄」なのだが、wrought (worked の古語)だけで「とても念入りに作られた」の意味があるから、iron はどうやら余分。たぶん、学名から英語への誤訳だと思う(それとも、 "iron butterflyfish" ってカテゴリがあってその中で wrought なやつ、って意味かい?)。

Centropyge interruptus はレンテンヤッコ。ユウゼンより分布域は広め。沖縄に居ないが、ハワイ北西部やミッドウェイには居るので、日本固有ではない。でも、彼がなんでレンテンヤッコを日本固有種だと間違えたかは明らかで、英語の common name が "Japanese dwarf angelfish" だから。

と、話をしながら「ヤッコ、チョウチョウウオ系で、小笠原までわざわざ行くんだったら Genicanthus takeuchii だよな」と内心は思ってた。でも、そう言っちゃうと、真に endemic なのを見た事あると自慢するみたいだし、 Nitrox で行ける水深じゃないし。 J は "on air" では潜らない人だから、黙っておいた。ごめんね。
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