しかし、今日の一枚は上の写真。コダマウサギガイに近い種類だが、微妙に違う。P. roseomaculata かなあ。
普通に撮影するのではなく、昨日と同様、眼点にピントを合わせてみた。ストロボが透過光になってしまったのは、偶然。左端に卵らしきものが写っているのも偶然。
結果として、日本画のような味わいの写真になったではないか、と自画自賛。(笑)
ちなみに、撮影場所は激流でした。(大笑い)
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じっくりことこと、と潜りたいが寒くて1時間が限界。
以下、ダイビングの合間の休憩中の話題。
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テレビでどこかの阿呆が「マイナス×マイナスがプラスであることを説明できる人はいません」とか言っていたらしい。
お陰で、いとーさんにも無理でしょ?と意地悪な質問を振られてしまったではないか。全くいい迷惑だ。
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まず、「説明できる」と、「説明で納得できる」は全く別のこと。後者は説明自体に責任がない場合のほうが多い。何事も、分かり易い説明をするのは困難なことが多いが、「そんな説明じゃわかんない」というのは極めて簡単。なんという極端な不公平。
まあ、今回の質問者は、大変に立派な方で、しかもダイバーだったので、いちおう次のようにお答えしておきました:
たとえば同じ人間であっても、仁義とかマナーをわきまえない奴とは付き合いにくい。
だから、数、たとえば2であっても、仁義とかマナーをわきまえた付き合い易い2もあればそうでない2もある。
ミカンが2個とかミカンが2箱というのの2は、実は悪い奴らで、付き合いにくい。だから、こいつらにマイナスの掛け算という、仁義やマナーを期待してはいけない。つまりミカン-2個の入った-2箱があると全部でミカン4個になる、と「計算すること」自体に何の意味もない。
一方、仁義とマナーのある2の代表には、たとえば浮力がある。浮力がマイナスとは沈むことで、マイナスを掛けるとは浮力の向きを変えること。
この場合、たとえば(-2)×(-2)=4はとても簡単に納得できるでしょ?
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その構造が天然自然にあると思っている人に、構造について説明するのは不可能だ。神が万物を今あるがままに創造したということを前提に、進化論を説明するのと同じだからだ。
だから、仁義とマナーという言葉に置き換えてみた。
そういえば、昔、とある大学の電気工学の教授が「実数の公理」を、あれほど馬鹿げたものはない、実数はもうあるのだから説明は不要だ、とおっしゃってました。
馬鹿げてるのは、間違いなく、教授のほうなんですがね。