キャンセルのメールは書かないのが常識? 2009-10-08 インドネシア,ダイビング,小笠原,旅行業
辛くても辛くない 2009-09-25 インドネシア,個人的な好み,料理
ダイヤモンド 2009-08-31 インドネシア,インドネシア語,ダイビング,タイ語,資格試験,自然言語
インドネシアの少数民族、ハングルを公式文字に採択 2009-08-06 インドネシア,インドネシア語,自然言語
Nyepi と Easter 2009-03-25 インドネシア,インドネシア語,旅行業
Coto Makassar 2008-12-30 インドネシア,インドネシア語,個人的な好み,旅行業,料理
Terlambat 2008-12-29 インドネシア,時間,小笠原,船,旅行業
アンボイナ 2008-11-18 インドネシア,ダイビング,自然言語,小笠原
Buaya 2008-11-16 インドネシア,ダイビング
Mendarat Darurat 2008-11-15 インドネシア,インドネシア語,旅行業
マンタよりハゼ 上記と同じ日 インドネシア,ダイビング,個人的な好み
ユウゼン 2008-11-14 インドネシア,ダイビング,英語,自然言語
カップ麵 2008-11-13 インドネシア,タイ語,個人的な好み,料理
Pinisi 2008-11-10 インドネシア,インドネシア語,ダイビング,船,旅行業
栓抜き 2008-11-09 インドネシア
エンジントラブル 上記と同じ日 インドネシア,ダイビング,個人的な好み,旅行業
ITO/HMS 2008-11-08 インドネシア,時間,旅行業
打ち上げ 2008-11-07 インドネシア,インドネシア語,ダイビング,船
Experience 上記と同じ日 インドネシア,ダイビング,英語,個人的な好み
クルーズ終了 上記と同じ日 Web,インドネシア,ダイビング,船


2009-10-08

キャンセルのメールは書かないのが常識?

1ヶ月前くらいに、「ロシアの人が小笠原に行きたがっているので、その仲介をしている」という話を書いた。

そういう場合の契約のルール(キャンセル料とか前金の割合とか)は、とくにひな形があるわけではないので、2ヶ月前までに前金、1ヶ月前までに基本料金の全額、ということにして、請求書を作り、先方にメールで送った。

と、言葉で書くと、簡単そうだが、相当な時間がかかった。なにしろ、こういうケースは初めてなので、転用できるような過去のフォーマットがない。そこから作らないといけなかった。それに、小笠原観光協会に問い合わせても、英語で書かれた、陸上のツアー等の「料金等も含めた詳細なページ」は発見できなかった。

こんなので、小笠原は世界遺産になって平気なのか?とすこし思ったが、話は逆で、世界遺産になればお金が出て来て、あっというまにこんなのは整備されてしまうのだろう。

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で、上の、私の努力は全く意味がなかった。

ロシアからは前金の入金がないのだ。メールで催促しても、返事すらない。失礼な。

でも、こういうことは初体験ではない。昔、インドネシアの某所でも同じようなことがあった。そのときは、行こうと思っていた予約だけ済んでいる場所に、そろそろ入金しなきゃ、と思っていたら返事がなかった。何度メールを書いても、返事がないので、あちこち調べ回った結果、そのリゾートは潰れていることが判明したのだ。

ビジネスなんだから、返事ください。潰れたのなら、予約している人全員にお知らせ出してください。

と思うのだが、これは実は日本の常識であって、世界の常識ではないのかもしれない。世界の常識は「お金の損失がない場合にはメールは出さなくてよい」なのかな、と今回の事件で考えなおした。

次回からは、こんなにめげなくなる、はず。(今回は、そうとうめげて、倒れていました。)

2009-09-25

辛くても辛くない



食事の支度をするのが面倒だったので、レトルトのカレーをコンビニで買って来た。「大辛」と謳っているのにまったくそんなことはない。嘘つき。

たまたま、台所に、インドネシアのサンバル(上の写真)があったので、温めたカレーの中にどばどば入れてみた。

おお!旨いではないか!

街のカレーチェーン店で辛さを増すスパイス(粉)を売っているが、あれよりも味わいが深い。サンバルには唐辛子だけでなく、ニンニクとか砂糖とかが絶妙の割合で入っているからではないだろうか。

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唐辛子の辛さを表す尺度にスコヴィル値というのがある。詳しくは Wikipedia を見て貰えばよい。

Wikipedia のこの項目を見て、かねてより疑問だった、純粋カプサイシンのスコヴィル値が 16000000 であることが分かった。しかも、これを販売している会社があるという!リンク先にその商品があるが、残念ながら 999 個の限定販売で、もう品切れ。手に入りません。

現在、手にはいる、最大スコヴィル値の市販品は、"The Source" だ。1オンス入りで、値段は USD93.50。配送はアメリカ国内にしかしてくれないが、配送料は無料だ。

個人輸入を代行してくれる業者(たとえば、ここを何回か利用しましたが、大変に信頼できます)に頼めば、これを購入することが可能だ。思わず、"Buy" をクリックしてしまいそうになったが、やっとの思いで我慢した。だって、何に使うのかわからないもの。レトルトのカレーに一滴入れたら、顔も近づけられなくなりそうだし。

2009-08-31

ダイヤモンド

twitter の側にはつぶやいてしまったが、バサラカクレエビという標準和名のエビが居る(写真では真ん中あたりに下向きに)。
[Photo: Periclimenes amboinensis, Pulau Tomia, Sultra, Indonesia. Aug.2005]

このエビの学名 P. amboinensisインドネシアの古い港町 Ambon に由来し「アンボン産の」という意味だ。実際、

川本剛志、奥野淳兒
エビ・カニガイドブック2 − 沖縄・久米島の海から
(株)阪急コミュニケーションズ、2003年7月17日 初版

において標準和名が提唱されるまでは、小さくて綺麗なこのエビのことを、マニアなダイバーたちは勝手に "アンボン・クリノイド・シュリンプ" と呼んでいた。(ただし、クリノイド = crinoid はウミシダの意。)

分類学では、新しい学名や標準和名を付ける際、命名の由来も記すことが推奨されている (参考: ICZN Appendix B. 5)。上に掲げた 川本・奥野(2003) p.155 によると、標準和名の由来は、
本種の色彩は宿主によって大きく異なるが、原色の複雑な模様を呈している個体が多い。戦国時代の武将にみられる派手な化粧や服装をした振舞いを「ばさら」と言うが、本種の模様をそれに見立て、バサラ(婆娑羅)カクレエビの名前を提唱する

とある。

南北朝時代の武将で、婆娑羅すぎて「バサラ大名」とまで呼ばれてしまったのが佐々木導誉だ。一昨日、ちょっとした個人的事情で、日本史の参考書をパラパラめくっていて発見した。この参考書には「バサラにはダイヤモンドという意味があるという」とも書いてあった。

分かった!そういうことなら、バサラは vajra (サンスクリット語。वज्र) が語源だ。意味はまさにダイヤモンド。タイ語でも phét (เพชร) という語として借用されている。(ただし、タイ文字の綴りを見ないと、発音「ペッ」がどうして vajra に関係するかは全く分からない。)

というわけで、こういう些細なことで喜んで、素晴らしきムダ知識を1つ仕入れたのだった。(笑)

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[Photo: Cycloes granulosa, Is. Ani, Ogasawara, Japan. Dec.2008]

そういえば、頭という表題のエントリで書いた、カラッパに近い仲間のカニ「カラッパモドキ」の写真があったので、載せておく。カラッパはインドネシア語の kelapa に由来するという話を書いたのだった。

2009-08-06

インドネシアの少数民族、ハングルを公式文字に採択

韓国とインドネシアの温度差が凄い。爆笑ですよ。

まず、韓国側。タイトルのニュースは韓国発の日本語版:
【ソウル6日聯合ニュース】独自の言葉はあるが表記する文字を持たないインドネシアの少数民族が、ハングルを公式文字として採択し本格的な教育を開始した。海外でハングルが公式文字として採択されるのはこれが初めてで、ハングル世界化プロジェクトが実を結んだといえる。
訓民正音学会と学界が6日に明らかにしたところによると、インドネシアの南東スラウェシ州のバウバウ市(ブトン島)はこのほど、現地の少数民族チアチア族の言語を表記する公式文字としてハングルを導入した。
人口6万人余りのこの民族は、文字を持たないために母語教育を十分行えず、母語喪失の危機にあった。これを知った訓民正音学会関係者がバウバウ市を訪れハングル採択を提案し、昨年7月にハングル普及に関する了解覚書(MOU)が締結され、韓国の学界も教科書を製作した。
先月21日にはチアチア族密集地区の小学生40人余りにハングルで表記され教科書が配布され、週4時間の授業がスタートした。書き方と話し方、読み方から構成されるこの教科書は、すべての文字がハングルで表記されている。民族言語と文化、ブトン島の歴史、社会、地域の説話などで、韓国から伝わる童話も入っている。
市はまた、この地区近くの高校に通う生徒約140人に対し、韓国語の初級教材を用い、韓国語を週8時間ずつ教えている。
市は9月に「ハングルセンタ」ーを着工する一方、ハングルと韓国語の教師を養成しハングル教育を他の地域にも拡大する計画だ。このほか、地域の表示板にローマ字とともにハングルも併記する。ハングルでつづった歴史書や民話集などを発行する取り組みも進める。
教科書編さんを主導したソウル大学言語学科のイ・ホヨン教授は、「ハングルは、文字のない民族がアイデンティティと文化を保存する上で大きく役立つだろう」と期待を示している。

さて、では、インドネシアのニュースではいったいどう扱われているのだろうか。全国紙ではなく、南東スラウェシ州ブトン島の地方紙 Radar Buton の記事にしか該当するものを見つけられなかった:
Selasa, 28 Jul 2009, | 22

Bahasa Cia-Cia dalam Abjat Korea

BAUBAU- Setelah Bahasa Wolio disusun dalam abjat Korea, kali ini giliran Bahasa Cia-Cia. Peresmiannya dilaksanakan bertepatan dengan ritual Mataa di Kelurahan Gonda Baru, Kecamatan Sorawolio, belum lama ini.

Launcing alphabet Bahasa Cia-Cia ke Bahasa Korea, diwakili Prof Le Ho Yung. "Orang Korea (Le Ho Yung, red), tertarik dengan aneka bahasa di Buton, salah satunya Bahasa Cia-Cia, yang saat ini belum mempunyai aksara," kata Sekot Baubau, Suhufan, kemarin.

Kata dia, guru besar dari Korea itu menyatakan pulau sekecil Buton dan Baubau, ternyata tersimpan banyak bahasa. Alhasil, kristalisasi kerja sama tersebut kembali dipertegas dalam acara malam ramah tamah Festival Perairan Pulau Makasar (FPPM) ke-2. Le Ho Yung turut hadir.

Untuk menyukseskan komitmen tersebut, pihak Pemkot berencana membangun sebuah lembaga bahasa. Diantaranya, menjadikan Bahasa Cia-Cia sebagai satu pelajaran muatan lokal, ditingkat SD, SMP, dan SMA, misalnya di Sorawolio.(p8)

上のインドネシア語記事の日本語訳を作ってみたのが以下(ただし、インドネシア語 Korea は朝鮮と訳出した):
2009年07月28日(火)22時(UTC+8)

ハングルでチアチア語

【バウバウ発】 すでにウォリオ語はハングルで書字化されているが、今度はチアチア語の番だ。公式発表は、さきほど、ソラウォリオ郡ゴンダバル村のマター (Mataa) の儀式と同時に行われた。

チアチア語の文字を朝鮮語表記として立ち上げたのは、Le Ho Yung 教授を代表とするチームだ。"現代でも文字を持っていない、ブトンのいろいろな言語、その1つがチアチア語ですが、それらに魅力を感じたのが朝鮮人(編集部注: Le Ho Yung)です" とバウバウ市広報の Suhufan 氏は昨日、語った。

同氏によれば、朝鮮から来たこの大先生はブトンやバウバウのようなちっぽけな島に実はたくさんの言語が保持されていることを明らかにしたのだという。けっきょく、Le Ho Yung も出席した第2回マカッサル島「水の祭典」の懇親の夕べの行事において、上述の研究成果はもう一度、皆の前で披露されることとなった。

この学術的な提言を役立つものとするために、市当局側は言語関連の1部門を創設する予定だ。それまでの間、チアチア語は例えばソラウィリオなどで、小中学校、高校での地域学習の1教材となる。(p8)

私の個人的意見としては、インドネシア人は一般的に言って遠来の客に非常に礼儀正しい。しかも「大学教授」はとくに田舎ではめちゃくちゃ尊敬されている。これらの点は日本人以上だと思う。

また、文中の「水の祭典」をネットで調べたところ、インドネシア語の別の記事がヒットした。日本でいうところの「お祭り」そのものであって、どんちゃん騒ぎとみなして良い(マカッサルに縁のある島の持ち回りのお祭りの、今回の開催地がバウバウ)。そして「マターの儀式」は、ソラウォリオ郡ゴンダバル村の人たちの出演による、お祭りの出し物の1つだ。

バウバウの名無しさん曰く
「遠来の威張ってる大先生に失礼があってはいけないんだけど、どうすればいいのかわからない…。そうだ!今度の祭りの出し物にしてしまおう。えっ、言語部門だって?何のことだお前正気か、ここはインドネシアだぞ。」
という裏事情があったのではないのかと私の想像が走り出して止まらない。

いくらでも他につっこむところがあるが、結論としてのコメントは2言だけにしておく:

韓国、寒い。みっともない

---
付記: 写真は 2008年6月10日。Bau-Bau の対岸近くにあたるスラウェシ本島の Kendari 空港にて撮影した、空港の看板。このときは、Tomia 島に行く飛行機が悪天候のために Kendari に避難したのだ。ちなみに、Tomia の人に私が聞いた話でも、 Tomia あたりでは島や下手をすると集落ごとに言語が違うから共通語としてインドネシア語はありがたいのだ、とさ。(← インドネシア語がとっても簡単な文法と文字の言語だから、ですよ。)

己のための単語帳: red = reduksi, Sekot = Sekretaris Kota, Pemkot = Pemerintah Kota

2009-03-25

Nyepi と Easter

インドネシアの新聞で、本当は大トカゲに人が食われたという数日前の事件を調べたかった。でも、今日のニュース
Sepanjang akhir Maret hingga awal April 2009, PT Kereta Api menyediakan kereta api tambahan demi menampung lonjakan jumlah penumpang. Kenaikan jumlah penumpang menjelang hari raya Nyepi pada 26 Maret dan saat pemilihan umum sekaligus peringatan wafatnya Yesus Kristus, 9-10 April 2009, diperkirakan mencapai 25 persen.
(dari JAKARTA, KOMPAS.com. RABU, 25 MARET 2009 | 06:31 WIB)

が先に目に入ってしまった。

そうだった。明日は Nyepi (ニュピ) だ

Bali 島のヒンドゥーの大晦日 (後述★)。Bali 島では、 Nyepi の日出から次の日出 (新年の最初の日出) まで、次の Catur Brata
  • amati geni (tiada berapi-api/tidak menggunakan dan atau menghidupkan api)
  • amati karya (tidak bekerja)
  • amati lelungan (tidak bepergian)
  • amati lelanguan (tidak mendengarkan hiburan)
を守らないといけない。Nyepi の日に DPS (Denpasar, Bali) を発着する飛行機は一機もないというのは、有名な話かもしれない。

私は関係ないけど、でも明日、全然、上の4つを守れそうにないなあ…。

上の Kompas.com の記事は、今年は2つの移動祝祭日 [キリスト教 (インドネシアは西方教会系) の復活祭直前の金曜日 (4/10) と Nyepi (3/26) ] が近い (☆) ため、日本のゴールデンウィークのような状態になっており、 Jakarta あたりでは臨時列車を増発するというニュースだ。

イスラムだけではなく、いろんな宗教の祭日を国民の休日にしているインドネシアならではの特殊事情でした。

---
★の部分について補足説明しておく。

いろんなガイドブックやウェブページで「Nyepi は Bali の暦で1月1日です」と書いてあるけど、
  • Nyepi は大晦日
または(同じことだが)
  • Nyepi の翌朝が元旦
が正しい。新年のための精進潔斎の掟が Catur Brata だ。私がここで1月1日ではなく大晦日だと主張する根拠は、インドネシア語版 Wikipedia Nyepi にそう書いてあるから (以下は引用だが、原文の表記の乱れや不統一は直した):


Nyepi
Keesokan harinya, yaitu pada panglong ping limolas sasih kasanga (atau tilem kasanga), tibalah Hari Raya Nyepi sesungguhnya. Pada hari ini dilakukan puasa Nyepi yang disebut Catur Brata Penyepian ...(略)... Brata ini dilakukan sejak sebelum matahari terbit. ...(略)

Ngembak Geni
Rangkaian terakhir dari perayaan Tahun Baru Çaka adalah hari Ngembak Geni yang jatuh pada tanggal ping pisan sasih kadasa. Pada hari inilah Tahun Baru Çaka tersebut dimulai. ...(略)... Jadi kalau tahun masehi berakhir tiap tanggal 31 Desember dan tahun barunya dimulai 1 Januari, maka tahun Çaka berakhir pada panglong ping limolas sasih kasanga, dan tahun barunya dimulai tanggal ping pisan sasih kadasa.

いいかげんに日本語で抄しておくと、


Nyepi
その次の日、つまり、第9月第15黒分日 (言い換えれば第9月の晦日) になるとすぐに Nyepi の日が始まる。…

Ngembak Geni
Çaka 暦での年末年始行事の最後は第10月第1の日の Ngembak Geni だ。この日から Çaka 暦の1年が始まる。 … だから、西暦年は毎年 31 Dec. に終わり 01 Jan. に始まるように、 Çaka 暦の一年は毎年 panglong ping limolas sasih kasanga (第9月第15黒分日) に終わり penanggal ping pisan sasih kadasa (第10月第1白分日) に始まる

Nyepi が基づいているのは、Çaka (あるいは Saka とも綴る) というインド系の暦だ。念のため: 日本の旧暦は中国系の暦なので、完全に異なるからね。

[インド系に限らず、暦に関しては suchowan さんのサイトがすごく詳細だ。左段の "暦の説明" のプルダウンメニューから、「インド太陽暦」や「バリ暦」を選べば、この blog で紹介している一部分ではなく、全容を知ることができる。ただ、残念なことに、どうも suchowan さん、サイトをもう維持する気がないみたい。]

インド系の暦では、朔から次の朔までを1太陰月という。それを、月の位相12度で区切ったのが太陰日だ。ここまでは、地球と太陽を固定して考えたときの月の位置だけで定まる。1太陰月はきっかり30太陰日だ (白分15日+黒分15日)。地球の自転や公転は関係ないから、世界中で、毎太陰月や毎太陰日の区切りは一斉に訪れる。

しかし、当然これに地球の自転と公転がからんでくるわけで、ごちゃごちゃしてくる。

Bail の Çaka 暦での1日 (太陽日) は日出の瞬間から次の日出の直前までだ。ある日をその月の「第何日」と呼ぶかは、その日の始まりの日出を含む太陰日と同じとする決まりだ 。

[ただし、9週間に約1回、日出を含まない太陰日がある。その場合、月内のどこかに「欠日」を置き、第n/n+1日のように表す。また、話の順としては、ここで本当は自転と公転にからむ「太陽月」なる概念の説明が必要だが、今回の記事とは関係が薄いので、ばっさり省略。これは、次の段落で、第9とか第10とか書いている、「何月」という呼び名の説明が省かれたことに相当する。]

第9太陰月 kasanga の最後の太陽日を Nyepi という。朔から第10太陰月 kadasa (インド暦に共通の、正月 Vaiśākha に相当) が始まる。今回の第10太陰月の始まりの朔は現地時間の深夜 2009-03-27T00:06+08:00 で、朔以降の最初の日出は 3/27 の朝である。

以上のような、読むのも書くのも面倒なストーリーが Wikipedia の記述の裏にはあったのだ。

自分のための単語帳: panglong [黒分日], penanggal [白分日], limolas [15], pisan [1], sanga [9], dasa [10]

---
3/27 20:07 付記 ☆: よく考えたら、「3月21日 ≤ "望" ≤ 日曜」を満たす最初の日曜が Easter だった。「"春分" ≤ 朔」を満たす朔の直前の日出がNyepi の始まりなので、Easter 前に Nyepi がある場合、あいだが14日〜21日なのはよくあることだね。(汗)
ただし、 "望" や "春分" は現代の高精度の軌道計算でなく、古来の簡便計算を用いる。

2008-12-30

Coto Makassar

2008年12月29日の記事の中に、 Coto Makassar を試そうと思って云々、と書いた。

Coto Makkasar について、インドネシア語版の Wikipedia に簡単な記述があったので、日本語に翻訳してみた。間違ってたって知らないよ。

--- 日本語訳
Coto Makassar (チョト・マカッサル) あるいは Coto Mangkasara (チョト・マンカサラ) は、南スラウェシ州 (Selawesi Selatan) マカッサルの伝統食である。この料理は牛のモツ(内臓)を長時間煮込んで作る。牛モツに牛肉を混ぜて煮込んだのち、一口大に切り*、そして独特な方法で下ごしらえした香辛料を用いて味を付ける。 煮込みは椀に盛られ、ちまきと "burasa" (訳注:インドネシア標準語では buras。米と、ヤシの実ジュースをバナナの葉で包み、蒸して作る菓子) とともに供される。 最近は、 Coto Mangkasara はほぼインドネシア全域の、路傍の屋台はもとより高級レストランにいたるまで広まっている。2008年11月からは、ガルーダ・インドネシア航空国内線マカッサル発着便の機内食メニューの1つに Coto Makassar が加わる予定だ。
--- Dari Wikipedia bahasa Indonesia, ensiklopedia bebas

[*: 原文では diiris-iris。インドネシア語の mengiris-iris は「切る動作を複数回繰り返す」という広すぎる意味範囲を持つ翻訳困難な単語。日本の料理用語の「刻む」に近いが、切った結果が「細かい」というニュアンスは全く無い。 Coto Makassar に関しては、 Wikipedia の写真を見るかぎり一口大に切ってあるので、ここではそう訳出した。]

なるほど、ガルーダのマカッサル線に乗れば、 UPG を彷徨わなくてよくなったんだね。というか、 Wikipedia の記述にある通りで、考えたら、インドネシア国内のどこででも食べられる料理だった。

もともと、なんでこんなにこの料理にこだわっているかというと、私が「モツ煮」が好きであるということ以外に、思い出があるから。それは、インドネシア人に「"Tunggu sebentar" は日本語で何て言うの?」って訊かれて「チョットマッテネだよ」と答えたら、相手が冗談でチョットマッカサールと騒ぎ始めたというもの。たわいないけど、当時はチョトマカッサルなる物の存在自体を知らなくて、冗談の意味が分からなかった。のちに、町でそう書いた看板を見つけたときにとても驚いた記憶がある。ちなみに、 coto はインドネシア標準語では soto、同じく Makassar は Makasar と綴る。

今度、インドネシアに行く機会があったら、どこかで試してみよう。その後、自宅で試作もしてみたいな。レシピと写真を blog に載せたい、という欲求があるし。

2008-12-29

Terlambat

旅の帰途、乗り物に乗り遅れそうになったり、実際に乗り遅れたり、が最近多い。

たとえば、2年前の正月には、 UPG で飛行機を乗り継ぐ際に、 Coto Makassar を試してみようと空港内をさまよって、ほとんど乗り遅れるところだった(言い訳すると、インドネシア国内線だから、いつ出発するかわからないようなやつだったんだよ。アナウンスを聞き取る自信があったのも災いしたな)。この結果、連れには愛想を尽かされるし…。今年は、11月のインドネシアからの帰途で本当に乗り遅れた、という話はすでにこの blog に書いた。

今回、また乗り遅れた。

とはいっても、私は乗り遅れてなくて、乗り遅れたのは私のバイク。

1時間前までにチッキで載せないといけないのを、30分と勘違いしてた。

一体、何回おがさわら丸に乗ればわかるんだろうね、って、慣れ過ぎて油断したってこと。

とりあえず、バイクとダイビング器材、カメラ、衣類などほとんどの荷物を父島で預かってもらってきた。私は、おがさわら丸にデイパックだけで軽く乗船。

正月だけを内地で過ごしたら、荷物を取りに、また帰島(?)することになってしまいました。なんかかなりマヌケだよなあ。

未来へのリンク: Coto Makassar に関しては、明日の記事で書きました。


2008-11-18

アンボイナ


種小名(学名に関してはこのエントリに書いた)に amboinensis と付いた生物は多い。

海の動物に限っても
Apogon amboinensis Bleeker, 1853
Pteroidichthys amboinensis Bleeker, 1856
Canthigaster amboinensis (Bleeker, 1865)
Lysmata amboinensis De Man, 1888
Periclimenes amboinensis (De Man, 1888)
Thor amboinensis (De Man, 1888)
など (それぞれの和名はネットで調べればすぐ分かるので、省略)。

インドネシアは長い間、オランダの植民地だった。 Ambon は、オランダの支配が及ぶ以前はポルトガルやイギリスの、クローブ(丁字)貿易の重要拠点として栄えた港町だ。上に例示した生物たちは、インドネシアの「スパイス・アイランド」の、この港町と縁がある。

Ambon は、古くは Amboina, Amboyna あるいは Ambwan とも綴った。町の名前に変更があったわけではなく、現地語の発音を誰が聞き取るかで綴りが揺れただけのこと。ちなみに、Amboina の oi の部分は「ワ」に近い音を表記するのが本来の意図だったはずで、 Amboyna はそれを理解しない人が読み間違ったのの固定化。

1623年には、この町のイギリス商館をオランダが襲い、商館員を全員殺害するという Amboyna 事件があった。後には、オランダの「東インド会社」 (VOC) の拠点も置かれた。つまり、ヨーロッパからこの町へのアクセスは、昔は、非常に良かったといえる。そんなわけで、かつての Ambon にはヨーロッパ人の生物学者が長期滞在して、ヨーロッパ人にとって「新発見」の動植物に次々に学名を付けていった。

命名に際し、学者たちは "originating in Amboina" という意味の amboinensis を乱発した(中には少数だが、別綴採用の amboynensis もある)。しかし、名前がそうだからといって、 Ambon にしか居ないわけではない。ちなみに1900年代に入ってからは、命名の際に Amboina などの綴りを使わず、現在と同じ綴りの Ambon を使い ambonensis とするようになった。だから、これらの違いは誤植ではない。アンボイナという名の、銛が危険な巻貝が居るが、これは Amboyna に由来する。

上の写真は Ambon で撮影した Chromis amboinensis (Bleeker, 1873) の若い個体 (at "Laha Beach", P.Ambon, Maluku, Indonesia. 29 Oct 2008)。このスズメダイは Ambon の海に、実際、とてもたくさん居た。しかし、日本では今のところ、西表島と父島列島でしか確認されていない。ただし、小笠原では他の島にも居るはず。一方、西表島の方は、場所が近くとも、与那国島や石垣島では確認されていないと聞いた。

小笠原では、 O.M. さんの発見。「なんか変なスズメダイが居る」と、まず写真を撮って学者さんに送付。「おっ、コレは!」という返事があったので、採取してクール宅急便で送付(その際、品名は "魚類")。鑑定結果は「Chromis amboinensis でした。小笠原では未記録でしたっけ?」だった。私は、この一部始終を横でリアルタイムで見ていた。面白かった。いったん、目に付き始めると、父島近辺ではあちこちに居る。それほど珍しくない。

8月に西表島に潜りに行ったとき、現地サービスの K.Y. さんがブリーフィングで「アンボンクロミスという、日本では西表にしか生息しないのが居ます」と仰った。その場で口出し。「小笠原にも居ます」と。

こういうの結構、好き。せっかくあっちこっち潜ってるんだから、情報は伝達しなきゃね。

蛇足:種小名が amboensis と名づけられた生物もある。これは Ambon とは関係なくて、ambo。南アフリカの地域(あるいはエスニックグループ)の名前 ovanbo (owanbo とも綴る)の古い綴りに由来。紛らわしい?

2008-11-16

Buaya


(Photo by Lauren G. at "Blue Water Mangroves", P. Batanme (aka P. Misol), Papua Barat, Indonesia. 31 Oct 2008)

Lauren、信じてなかった。ごめんなさい。

インドネシアで、マングローブの縁に沿って流して潜ってたら、彼女がほとんどパニック状態になって私のところに来た。何が起こったんだろうとは思ったが、ちょうど私はきれいなエビを撮影していたので、彼女にも、ほらほらエビだよ、と指差したりしてた。でも、彼女は見向きもせずにどんどん泳いで行ってしまった。

ボートに潜ってから話を聞いた、「クロコダイルが居た」と。彼女は銀塩フィルムのカメラを使ってる。だから写真をすぐに見る事ができない。話を聞いたみんなが半信半疑だった。

今日、写真が送られて来た。上の写真はそのうちの1枚。すごい。本当にワニだったんだ。それも、けっこう危ない種類。

私はニアミス。でも、もしも見てたらどうしてただろう?きっと、冷静に構図考えたりして写真とってただろうな。おっかけたりして。

いいなあ、水中イリエワニ (Crocodylus porosus)。マンタはどうでもいいけど、こっちはかなり残念。

2008-11-15

Mendarat Darurat

そのうち消去されそうだから、自分のためにここに全文コピー。(現物は http://www.kesbangpapua.com/index.php?show=9&catid=5. 02 JUN 2008)

--- 引用、ここから
Merpati, Mendarat Darurat di Biak
SORONG- Diduga mengalami kerusakan pada salah satu mesin, pesawat Merpati yang berangkat dari Sorong tujuan Makassar-Jakarta kemarin (1/6), tertahan di Biak.
Akibatnya, penumpang yang sedianya tiba di Makassar sekitar pukul 15.00 WIT baru tiba tadi malam sekitar pukul 21.30 WIT. Dalam keterlambatan tiba di Makassar, penumpang sempat dibuat panik luar biasa.
Betapa tidak, pesawat sempat mengalami guncangan keras disertai dengan beberapa kali bunyi ledakan dari mesin pesawat. Untung saja pesawat berhasil mendarat darurat di Biak sehingga nyawa penumpang pun berhasil terselematkan.
Dihubungi koran Radar Sorong (Grup Cenderawasih Pos) melalui telepon selularnya tadi malam, salah satu penumpang tujuan Jakarta membenarkan pesawat Merpati yang ditumpanginya dari Sorong tertahan di Biak.
Karena pesawat yang ditumpanginya mengalami kerusakan pada salah satu mesin, dalam penerbangan ke Makassar, penumpang dari Sorong pun ganti pesawat dengan menumpangi menumpangi pesawat Merpati dari Jayapura tujuan Manado -Makassar.
"Di Biak tadi (kemarin-red) kami menunggu sekitar 3 jam. Pesawat Merpati dari Jayapura diminta singgah di Biak untuk mengangkat kami," ujar penumpang itu yang menolak namanya dikorankan.
Bagaimana hingga Merpati mendarat darurat di Bandara Frans Kaisepo Biak?
Dituturkan oleh penumpang itu bahwa pesawat Merpati dengan nomor penerbangan 807 itu terbang dari Bandara Domine Eduard Osok (DEO) sekitar pukul 13.30 WIT.
Saat take of semuanya berjalan mulus alias tidak ada tanda-tanda akan adanya kerusakan mesin. Namun setelah terbang sekitar 30 menit, tiba-tiba pesawat mengalami guncangan yang cukup keras yang kemudian diikuti dengan bunyi ledakan dari salah satu mesin pesawat.
Mendengar ledakan di pesawat, semua penumpang pun pada panik. Apalagi bunyi ledakan tidak hanya sekali terdengar. "Kita kaget sekali. Bunyi ledakan yang besar itu dua kali, setelah itu diikuti dengan bunyi ledakan susulan kecil sekitar 2-3 kali," ungkap penumpang itu.
Dalam kepanikan penumpang yang luar biasa, pesawat sempat terhempas turun dan 5- 10 menit kemudian naik lagi. Untung saja pilot masih dapat mengendalikan hingga membawa pesawat itu mendarat darurat di Biak.
Di Bandara Frans Kaisepo Biak, suasana tegang pun dirasakan penumpang ketika melihat mobil pemadam kebakaran dan peralatan emergency lainnya menyambut kedatangan pesawat yang nyaris celaka itu.
"Syukur kami penumpang semua selamat. Pesawat mendarat di Biak tadi (kemarin-red) sekitar pukul 15.00 WIT," tandasnya.
Tiba di Biak, kata penumpang itu, tidak ada penjelasan terbuka dari pihak Merpati akan kondisi mesin yang sebenarnya. "Merpati hanya katakan ada gangguan teknis. Setelah tiba di Biak saya cek pesawat itu langsung masuk hanggar karena mengalami kerusakan pada salah satu mesin," ujar penumpang yang juga salah satu politisi di provinsi Papua Barat.
Dengan menumpangi pesawat Merpati nomor penerbangan 841, sekitar pukul 18.00 WIT, akhirnya penumpang yang tertahan di Biak tiba di Bandara Hasanuddin Makassar pukul 21.30 WIT.
Dari kejadian ini, sumber Koran itupun mengaku trauma. "Saya besok (hari ini-red) lanjutkan penerbangan ke Jakarta. Tapi saya pakai pesawat lain saja. Ya saya masih trauma dengan kejadian ini," ujarnya.
Untuk mendapatkan penjelasan lebih jauh penyebab mendarat darurat di Biak, sayangnya Distrik Manager Merpati Sorong, Andi Darwin yang dihubungi Ponselnya tadi malam tidak aktif. (ros)
--- 引用、ここまで

これは2008年6月1日の話。長い記事だけど、要約すると「Sorong からMakassar へ向かった MZ807 便がエンジントラブルで Biak に緊急着陸した」って、どっかで聞いたような話だなあ。大きな音が数回するほどのエンジントラブルで、乗客全員パニックになったようだ。でも、エンジントラブルを「テクニカルな障害」 "gangguan teknis" とごまかしている所は一緒(英語に逐語訳すると "technical interference" になって事情の分からなさ倍増。笑) 。事故機の代わりに臨時便を飛ばすわけじゃなくて、後続便や近くを飛んでる自社便に寄ってもらって振り替えているところも一緒、そのために遠いけど就航便数の多い Biak に「緊急」着陸してるんだもの。

2008年11月8日の事故も地元では新聞ネタになってないのかと探してみてるけど、ネット上でまだ見つけられていない。同一機体の同一エンジンのトラブルに違いないんだけどなあ。

以上、昔の事故だけど見つけてしまったので、誰かが 消去/忘却 しようとしてもできないように、この blog にて封印。

Gara-gara Merpati, saya terlambat berangkatan dari Indonesia!


マンタよりハゼ


(Photo by Brad G. at "Manta Slope", P. Airborei, Papua Barat, Indonesia. 05 Nov 2008)

10/4のエントリでも書いたが、マンタにほとんど興味がない。

たぶん、昔、マンタで有名なインドネシアの某所で1ダイブあたり100枚とかを連日見ていたからだろう。嫌いじゃないけど「おまえの背後を通過していた」と言われても全然くやしくない。もし気づいてても、「あ、マンタね」くらいのもの。

上の写真、マンタを無視して砂地をぼーっと見てるきわめて冷静なダイバーは、私。なんかとってもいい構図。このとき、誰かがカンカン、タンクを鳴らしていたのは知ってるんだけど、どうせウツボとかミノカサゴだろ?と思ってた。はははは。

そういえば、8月に行った西表島。学生さんの合宿と一緒だった。ある日、現地サービスの素敵なオーナー様が、ボートを出す前に私にニタニタしながら「1本目なんだけど、学生たちがマンタなんか見たいっていうから、そういうところでもいい?」と言われた。もちろん、潜るのどこでもいいんだけど、「マンタなんか」って言い方、他のサービスではあり得ないなあ。あ、また西表にハゼ見に行かなきゃ。

2008-11-14

ユウゼン


(写真は、小笠原、兄島、滝之浦「横だおし」にて。2008年7月。)

インドネシアでの今回のダイブクルーズのお客さんの中に超マニアックなおじさん J が居た。

J は、たぶんちょっとお酒を飲み過ぎでぽっちゃりとしていて、明るい感じの人。とても分かりやすい英語で話しかけてくれる。日本語だって挨拶くらいなら喋れちゃう。

実際、 J はただものではなかった。私には、魚の名前を学名で言うのだ。そういう白人さん、初めて見た。

6月に私がインドネシアに行った時の写真は、それぞれの写真のファイル名に学名を使って公開した。 J は、私と共通の知人の紹介でこのダイブクルーズに参加したため、それを見ている。そして、私が学名を理解している、と知っている。だから話をするときは、英語の common name ではなく、学名。いやー、珍しい体験だった。

川本剛志/奥野淳兒
「エビ・カニガイドブック」2, 沖縄・久米島の海から, 阪急コミュニケーションズ, 2003.
ISBN978-4-484-03405-8

の p.152 に奥野さんの体験で、Centropyge を「セントロパイジ」と発音しないと通じなかったという話がある。

J は、学名の読み方がいろいろあり得ることも熟知していた。「セントロパイジ」と J が言って、一瞬、私があれっという顔をしただけで即座に、「ほらほら、dwarf angelfish だよ。発音が違っちゃったね」とまで言ってくれた。すごすぎ。 J のレベルは、奥野さんの相手の生物学のプロを超えてるじゃん。

なんで Centropyge の話になったかというと、「日本でダイビングするのにどこがいい?」というありきたりの話から。 Okinawa とか Ogasawara とか知らないかなあ、と振ったら、知ってた。「Ogasawara に行きたい。 Chaetodon daedalmaCentropyge interruptus が endemic なんだよね」と。おお、そう来るわけね。

「そうだね。 Ogasawara は私の大好きな場所なんだけど、どっちもとってもたくさん居るよ」と答えておいた。

ちょびっとだけ、ウソ混入。相手の言うことに肯定的に答えたので。真実は、小笠原までわざわざ行かなくても、どちらも八丈島あたりで飽きるほど見られる。

Chaetodon daedalma はユウゼン。分布域は、八丈〜小笠原、大東諸島。沖縄〜奄美にも居ない事はないが珍しい。種小名 daedalma は Δαίδαλος (ダイダロス)に由来。ダイダロスは、ギリシャ神話に登場する伝説的な大工/工匠/職人/発明家の名前(「迷宮」を作った人、と言えば分かりやすいかな)。で、転じて、天才的な職人芸とか、作品の出来栄えを賞賛する形容表現としても使われる。英語の common name は "Wrought iron butterflyfish"。 Wrought iron は「錬鉄」なのだが、wrought (worked の古語)だけで「とても念入りに作られた」の意味があるから、iron はどうやら余分。たぶん、学名から英語への誤訳だと思う(それとも、 "iron butterflyfish" ってカテゴリがあってその中で wrought なやつ、って意味かい?)。

Centropyge interruptus はレンテンヤッコ。ユウゼンより分布域は広め。沖縄に居ないが、ハワイ北西部やミッドウェイには居るので、日本固有ではない。でも、彼がなんでレンテンヤッコを日本固有種だと間違えたかは明らかで、英語の common name が "Japanese dwarf angelfish" だから。

と、話をしながら「ヤッコ、チョウチョウウオ系で、小笠原までわざわざ行くんだったら Genicanthus takeuchii だよな」と内心は思ってた。でも、そう言っちゃうと、真に endemic なのを見た事あると自慢するみたいだし、 Nitrox で行ける水深じゃないし。 J は "on air" では潜らない人だから、黙っておいた。ごめんね。

2008-11-13

カップ麵


友人への贈り物として、国産ではないカップ麺を手に入れてある。

これらが私の元を去る前に、写真を撮っておいた。インドネシアのが2種類、タイのが1種類。

Mi Cup, Rasa Seafood, ABC
Pop Mie, Rasa Soto Ayam, Indo Mie
คัพนูดเดิล รสต้มยำกุ้ง นิสชิน

細かいことだが、熱湯を注いでからの推奨待ち時間がインドネシアとタイでは違う。インドネシアでは日本と同じで3分、タイでは何故か1分。これはメーカーの違いではなく、嗜好 (rasa あるいは รส) の違いだと思う。

個人的には、日本で発売されているカップ麺であっても、1分くらいで食べ始めている。硬めが好き。きっと、推奨待ち時間にはあんまり根拠がなくて、「お好みでどうぞ」がたぶん適切。

この記事を書きながら気がついた。JIS X 0208 しか表示できない古い環境ではこの記事のタイトルが文字化けするはず。「めん」の字の正しい字形は JIS X 0213 で新たに追加された、タイトルに使った方。(本文の方は、誤った字形を使っているので文字化けしないはず。って、タイ文字の部分が文字化けする環境が多いかもね。)

時間に関して細かいことが気になったついでに、空間に関しても細かいことを書いてみた。

2008-11-10

Pinisi


けさ、帰国。

今回のインドネシアのダイブクルーズ。現地で乗船したのは、 pinisi という大型木造帆船だった。 上の写真は KBBI の pinisi の項。「Sulawesi Selatan (南スラウェシ)の Bone、Buton 地域を発祥とする伝統的な帆船で、メインマストは2本、帆は船首3、前マスト2、後マスト2の計7枚を持ち、島と島の貨物輸送に使われる」と書いてある。

ただし、pinisi は 1970年ころまでは純粋に帆船だったが、現在ではエンジンが付いている。構造材は kayu ulin (学名 Eusideroxylon zwageri)。この木は、とても硬くて重く(気乾比重でも1.03より大きく、海水に沈む!)、フナクイムシやシロアリの攻撃にも強い。だからとても堅牢で耐久性のある船だ。

Eusideroxylon zwageri は国際自然保護連合 (IUCN) のレッドリストで「危急」とされており、インドネシアとマレーシアの政府は国外への輸出を公式には禁止している。が、なぜか日本では堂々と「ウッドデッキに最適」と売ってる材木屋があるんだよね。)

設計とか造船の方法とか用いる素材とかは、多くの人々の長年の知識や経験の結実なのでなかなか変えられない。だから、pinisi に限らず、帆船にエンジンを無理矢理付けたような船がインドネシアにはけっこう多くある。これらを総称して Kapal Layar Mesin (KLM) と言う。「船」「帆」「機関」の意味だ。帆がある船として登録すると税金が安くなるという事情も、KLM が多いということと関係あるだろう。KLM が機関を使わずに帆だけで進めるかどうかは、構造上はおそらく今でも大丈夫なので、クルーがその技術を持っているかどうかにかかっている。これはとても疑わしい。

日本でもヨットに機関がついていたり船外機がついていたりするが、KLM では帆は飾り。日本のヨットとは違う。

11/7のエントリ「クルーズ終了」に、実際に私が乗った KLM Cheng Ho の写真がある。

Cheng Ho は中国が「明」の時代に皇帝の命により大航海をした鄭和 (Zhèng Hé) にちなむ。1996年の進水当時に Sea Safari V と呼ばれていた船を改名したようだ。なぜ改名の必要があったのかは知らない。どうやら現在のオーナーは、中国系のインドネシア人らしい。私の船室の前には「漁夫得利」と題された、老人が魚を釣り上げている彫刻が飾ってあったりして、何か気になった。魚とダイバーが戯れている間に経営者がお金をかすめ取るという意味かい?(かつてインドネシアは漢字の書かれた本を禁止していた時代があるため、中国系の人でも漢字は読むことができない。実際、隣のマレーシアとは全然違って、インドネシアには漢字の看板は全く無い。だから、たんに分かってないだけかもしれない。)

というのはさておき、KLM は一般的に船足が遅い。Cheng Ho は巡航速度 6 kt。 これでも速い方だ。もともとマストに力を受けてこそ滑らかに走る設計なのだから、スクリュープロペラを用いたのでは推力の場所が異なり、必然的に安定性を欠くことになる。しかもエンジンは積荷としては重たすぎる。従来は想定されていなかったこの重量のせいで船全体のバランスも崩れてしまっている。だから、少しでも波があるとすごく揺れた。これはパワーのあるエンジンに載せかえれば解決する問題ではない。

(ちなみに、Cheng Ho の操舵室には舵輪が2つあった。昔ながらの帆船としての舵と、スクリュープロペラの水流を制御する舵だ。)

ダイビングクルーズに KLM を使うのは豪華で居心地が良いように見えて、実は、上に述べた理由で、いまいち。海況が悪化したとき、島陰から島陰へと縫うようにノロノロとしか走れなくなることを考えれば、とーんでもなく余裕のある日程を組まざるをえない。

今回は、Raja Empat へ行くことを売りにしていたクルーズで Ambon から Sorong まで11泊だったのだが、実際、一番いいところでの滞在時間が短かすぎ。ガイド自身のそのポイントでの経験が少ない、あるいは、ひょっとして全く無いから、テンダーを止めてダイビングを開始する場所も不適切。"Cape Kri" は何度も潜ったからすごく楽しみにしてたのに、あんなに流れの下流でエントリしちゃ特異点に行けないじゃないか。Raja Empat へ行きたいのなら、P. Kri にある、 Max Ammer さん(とっても素敵な方です!)のリゾートに滞在したほうがいい。両方を体験した私が言うのだから間違いない。

いろいろと考えさせられた。"... is what I get when I didn't get what ..."、つまり、得られなかったとき得られるものが多くあった。他のことはもう書かないけど、乗り継ぎ時間が得られなかったときに得られる経験、ということも含めて。

2008-11-09

栓抜き


JakartaのSoekarno-Hatta空港のトランジットホテルで暇をつぶしてる。高いが、サービスと便利さは最高だ。一泊料金にデイユース(mini stay)を追加したら、チェックアウトは20時でいいって。わお。使えるホテルだなあ。

瓶入りのミネラルウォータが冷蔵庫の上に置いてあるのだが、栓抜きがどこにも見当たらない。旅行には持参している、ナイフとかドライバが柄にしこまれてるGerberのプライヤで開けた。

無料だから飲まれないようにする工夫かと勘ぐっていたら、あった。栓抜きがバスルームのタオル掛けの上に。(写真の鏡の中、壁に取り付けられてる。)

インドネシアだったかどうかは記憶が怪しいが、確か別の場所でもバスルームの壁に栓抜きがあった、というのを発見してから思い出した。

自分が忘れないように、今回の記事はメモがわり。(笑)


エンジントラブル

この blog の昨日の記事。あの ITO/HMS 名義で搭乗した MZ807 便は、エンジントラブルで BIK に緊急着陸した。おかげでひどい目にあったので、今回の記事はその顛末を書く。

--- 文中の略号
航空会社コード
GA: Garuda Indonesia
MZ: Merpati Nusantara
IATA コード(括弧内は協定世界時(UTC)との時差)
AMQ: Ambon, Maluku Selatan (+9)
BIK: Biak, Papua (+9)
CGK: Jakarta/Soekarno-Hatta (+7)
DPS: Denpasar, Bali (+8)
NRT: Tokyo/Narita (+9)
SOQ: Sorong, Papua Barat (+9)
UPG: Makassar, Sulawesi Selatan (+8)

--- 予定フライト
SOQUPG MZ807 1320/1425
UPGDPS GA545 1805/1920
DPSCGK GA880 2030/2115
CGKNRT GA880 2215/0720+1

MZ807 は SOQ を約1時間遅れで UPG へ向け離陸後、双発の右側のエンジンがトラブった。機内はエアコン止まるし、事情はインドネシア語でもアナウンスされなかった。 BIK で滑走路脇にはありったけの消防車、って数台だけど。エンジントラブルと分かったのは、駐機後すぐ、整備士がエンジンを取り囲んで、外せるところからばらしはじめたのを見たから。熱くなかったみたいだから、エンジンは停めたか止まったかのどっちかだ。

UPG へ行くのにむしろ遠くなる BIK へ緊急着陸したのは、エンジンが直ぐには修理できないからだ。あのあたりで一番大きな空港なので、事故機の乗客は別便に振替えてしまえばいい。

普通はこれでめでたしめでたし、到着が5時間遅れましたとか、8時間遅れましたとか、で済む。実際、乗客のインドネシア人は誰一人として騒いでいなかった。日常茶飯事だ、ここではこんなこと。

さあ大変なのは、私を含む、国際線への接続がある外国人乗客だ。 UPG に遅れて到着したら、乗り継ぎの DPS 行き GA545 便に間に合わない。 GA545 に乗れなければ、 DPS からの国際線にも間に合わない。

ダイブクルーズでずっと一緒だったアメリカ人のおばさまたちが MZ のカウンタのかわいいお姉さまに喰ってかかった。ダメダメ。どうにもならない。他社便の接続なんてなんにも補償なし。そして、格安チケットは当日限り有効。払い戻しもない。

私はカウンタのかわいいお姉さまをニコニコ見てた。怒ったって彼女のせいじゃない。それに、私にはあと一つだけチャンスがあったから(後述)。気が動転したおばさまたちとの早口で分かりにくい英会話に疲れた、 MZ のお姉さまは、私がインドネシア語ができると見てとって通訳を頼み始めた。やだな、苦情の仲介なんか。やるけどさ、私は航空会社の味方だから。

お姉さまには隙をみて、私だけは他の外人さんたちとは違って、 DPS ではなく、 CGK に行ければいい、と申し出ておいたのだ。なぜなら、私が DPS から乗る国際線 GA880 便は CGK を経由し、 CGK で長い時間待機する。だめで元々。追い付けるかもしれない。やってみる価値はある。

アメリカ人のおばさまたちがようやく引き下がった。というか UPG のカウンタで同じことしてね、ってたらい回し。ははは。 UPG では事故があったことすら把握してないから、もっとクールな対応されちゃうと思うけど。

で、ニコニコしてた私のほうはめでたく、 CGK までの MZ761 便の搭乗券をゲット。 CGK で GA880 に間に合うかどうかは超きわどい。ついでに、お姉さまはステキな笑顔を見せてくださった。なぜかチョコレートもくださった。私は、こういうちょっとしたことがけっこう好きだな。

でも結局、 CGK では30分しか時間がなかった。預けた手荷物を受け取り、走った。 GA880 の遅延を祈りながら。

しかし、残念。紙屑になった格安チケットを笑いながら捨て、日本への片道チケットを買い直し、翌日の GA880 便の予約を入れた。高くついたよ、 MZ さん、飛行機しっかり整備してね。

ま、墜落して、日本のニュースで「日本人女性らしき乗客1名。 H. イトウ」と報道されたら、目立っただろうなあ。それでよかったかも、あいつは最後まで笑いを提供したってことで。

(この記事は CGK のトランジットホテルから携帯で投稿)

--- BIK着陸後に急遽変更した、予定フライト
BIKUPG MZ761 1720/1905
UPGCGK MZ761 1935/2100
CGKNRT GA880 2215/0720+1

付記: 10/26 から冬季スケジュールということで、GA880 が夏より1時間半早発になっていた、というのも運が悪かった。夏季スケジュールだったなら。。。

11/17追記: SOQ は滑走路長が 1650m。片側エンジン停止状態で着陸するには短すぎる。燃料も空にしておかないと着陸時に危ない。こういうことをいろいろ考えて、方向が全く逆で、 UPG へ約40分も遠くなる BIK へ、燃料を充分に消費してから緊急着陸した、というのが真相のようだ。ちなみに滑走路長、 AMQ は 2500m、 BIK は 3571m。うーん、やっぱり BIK ヘ着陸って判断になるかなあ。。。

未来へのリンク: 2008年11月15日2008年12月29日の記事がこのエントリを参照しています。


2008-11-08

ITO/HMS


帰り道。いつものように、飛行機はいつになったら飛ぶのかわからない。待合室で暇なので、blogのこのエントリを書き始めた。

そう言えば、昔、定刻から6時間遅れたこともあったっけ。天候良好、遅延理由は、だから不明。あ、その時と航空会社と路線が同じだ。向きだけ逆。

写真は搭乗券。私は女性になってる。なんでかなあ。ぜったいにそう見えないはずなのに。

でも、訂正は不要。ここはインドネシア。このまま乗れちゃうんだよな。(笑)

未来へのリンク:直後のエントリに、これで搭乗してどうなったか、という珍しい話があります。


2008-11-07

打ち上げ


旅の終わりは、打ち上げパーティと決まってる。このblogでは、ボケた写真ともきまってる。

ボートのクルーのインドネシア人が歌と踊りを。で、インドネシア語の歌、意味が分かってしまう(英語だとわかんないんだよなあ)。なぜか、さびの部分が
sayohnara sayohnara sampai jumpa kembali
という歌。「さよなら」の部分は日本語。白人さんたちはどこの意味もわからず踊ってた。私はクルーにインドネシア語ができると知られてるので、彼らの視線を感じた。大声で合唱。

下手にちょっとわかるのも、苦労する。。。


Experience


10/28のエントリで書いた久しぶりに会ったビデオグラファ。彼は船の食堂の一角を低いパーティションで仕切って仕事場にしていた。有名な人なので、写真とかビデオで助言を求めるゲストが声をかけやすいための工夫だ。

彼の机の周りには、何だかいろいろ教訓めいたことが書いて貼ってあって、面白い。「完成とは、全てを含み、かつ、除去できる部分が全く無い状態のこと」というのはあたりまえか。

Experience is what you get when you didn't get what you wanted.
というのも貼ってあった。良いねえ。

「ああしたい」「こうしたい」という I want の部分が自分の中にあることが重要だ、遊びの達人になるには、特に。とは、前から思っていた。こういう言葉で表現してくれると、ゲットしなかったときの励みにもなるし。素敵だぞ。


クルーズ終了


けっきょく、ずっと圏外だったので、blogの更新はできなかった。

今日は、Sorongというところの港内のどろどろを2本潜る。クルーズ終了。帰国します。

全体としては、まあまあって感じ。クルーズの船はかっこいいのだけど、帆は飾りで役にたたないから一度あげただけだし、船足がめちゃくちゃ遅いし。うーむ。

未来へのリンク:11/10に、この帆船に関して追加の記事があります。