ダイヤモンド 2009-08-31 インドネシア,インドネシア語,ダイビング,タイ語,資格試験,自然言語
インドネシアの少数民族、ハングルを公式文字に採択 2009-08-06 インドネシア,インドネシア語,自然言語
Titipan Kilat Penyehir (読了) 2009-07-14 インドネシア語,資格試験,自然言語
Titipan Kilat Penyihir 2009-07-09 インドネシア語
kamar kamera 2009-05-24 インドネシア語,個人的な好み,自然言語
Nyepi と Easter 2009-03-25 インドネシア,インドネシア語,旅行業
(printc 'nightmare) 2009-02-05 インドネシア語,英語,個人的な好み,自然言語
الزِئْبَق 2009-01-12 インドネシア語,タイ語,自然言語,اللغة العربية
兄姉/弟妹 2009-01-11 インドネシア語,タイ語,英語,自然言語,数学
肝心要の 2009-01-10 インドネシア語,個人的な好み,自然言語,数学
Coto Makassar 2008-12-30 インドネシア,インドネシア語,個人的な好み,旅行業,料理
Selamat jalan 2008-12-09 インドネシア語,ダイビング,小笠原
スクーバタンク 2008-11-28 インドネシア語,ダイビング,個人的な好み
Mendarat Darurat 2008-11-15 インドネシア,インドネシア語,旅行業
Pinisi 2008-11-10 インドネシア,インドネシア語,ダイビング,船,旅行業
打ち上げ 2008-11-07 インドネシア,インドネシア語,ダイビング,船
PADI とは 2008-09-10 インドネシア語,ダイビング,自然言語,料理
e-ticket 2008-08-15 インドネシア,インドネシア語,時間,旅行業
翻訳困難 2008-08-06 インドネシア語,英語,自然言語,数学
入浴する 2008-06-26 インドネシア,インドネシア語,ダイビング,自然言語


2009-08-31

ダイヤモンド

twitter の側にはつぶやいてしまったが、バサラカクレエビという標準和名のエビが居る(写真では真ん中あたりに下向きに)。
[Photo: Periclimenes amboinensis, Pulau Tomia, Sultra, Indonesia. Aug.2005]

このエビの学名 P. amboinensisインドネシアの古い港町 Ambon に由来し「アンボン産の」という意味だ。実際、

川本剛志、奥野淳兒
エビ・カニガイドブック2 − 沖縄・久米島の海から
(株)阪急コミュニケーションズ、2003年7月17日 初版

において標準和名が提唱されるまでは、小さくて綺麗なこのエビのことを、マニアなダイバーたちは勝手に "アンボン・クリノイド・シュリンプ" と呼んでいた。(ただし、クリノイド = crinoid はウミシダの意。)

分類学では、新しい学名や標準和名を付ける際、命名の由来も記すことが推奨されている (参考: ICZN Appendix B. 5)。上に掲げた 川本・奥野(2003) p.155 によると、標準和名の由来は、
本種の色彩は宿主によって大きく異なるが、原色の複雑な模様を呈している個体が多い。戦国時代の武将にみられる派手な化粧や服装をした振舞いを「ばさら」と言うが、本種の模様をそれに見立て、バサラ(婆娑羅)カクレエビの名前を提唱する

とある。

南北朝時代の武将で、婆娑羅すぎて「バサラ大名」とまで呼ばれてしまったのが佐々木導誉だ。一昨日、ちょっとした個人的事情で、日本史の参考書をパラパラめくっていて発見した。この参考書には「バサラにはダイヤモンドという意味があるという」とも書いてあった。

分かった!そういうことなら、バサラは vajra (サンスクリット語。वज्र) が語源だ。意味はまさにダイヤモンド。タイ語でも phét (เพชร) という語として借用されている。(ただし、タイ文字の綴りを見ないと、発音「ペッ」がどうして vajra に関係するかは全く分からない。)

というわけで、こういう些細なことで喜んで、素晴らしきムダ知識を1つ仕入れたのだった。(笑)

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[Photo: Cycloes granulosa, Is. Ani, Ogasawara, Japan. Dec.2008]

そういえば、頭という表題のエントリで書いた、カラッパに近い仲間のカニ「カラッパモドキ」の写真があったので、載せておく。カラッパはインドネシア語の kelapa に由来するという話を書いたのだった。

2009-08-06

インドネシアの少数民族、ハングルを公式文字に採択

韓国とインドネシアの温度差が凄い。爆笑ですよ。

まず、韓国側。タイトルのニュースは韓国発の日本語版:
【ソウル6日聯合ニュース】独自の言葉はあるが表記する文字を持たないインドネシアの少数民族が、ハングルを公式文字として採択し本格的な教育を開始した。海外でハングルが公式文字として採択されるのはこれが初めてで、ハングル世界化プロジェクトが実を結んだといえる。
訓民正音学会と学界が6日に明らかにしたところによると、インドネシアの南東スラウェシ州のバウバウ市(ブトン島)はこのほど、現地の少数民族チアチア族の言語を表記する公式文字としてハングルを導入した。
人口6万人余りのこの民族は、文字を持たないために母語教育を十分行えず、母語喪失の危機にあった。これを知った訓民正音学会関係者がバウバウ市を訪れハングル採択を提案し、昨年7月にハングル普及に関する了解覚書(MOU)が締結され、韓国の学界も教科書を製作した。
先月21日にはチアチア族密集地区の小学生40人余りにハングルで表記され教科書が配布され、週4時間の授業がスタートした。書き方と話し方、読み方から構成されるこの教科書は、すべての文字がハングルで表記されている。民族言語と文化、ブトン島の歴史、社会、地域の説話などで、韓国から伝わる童話も入っている。
市はまた、この地区近くの高校に通う生徒約140人に対し、韓国語の初級教材を用い、韓国語を週8時間ずつ教えている。
市は9月に「ハングルセンタ」ーを着工する一方、ハングルと韓国語の教師を養成しハングル教育を他の地域にも拡大する計画だ。このほか、地域の表示板にローマ字とともにハングルも併記する。ハングルでつづった歴史書や民話集などを発行する取り組みも進める。
教科書編さんを主導したソウル大学言語学科のイ・ホヨン教授は、「ハングルは、文字のない民族がアイデンティティと文化を保存する上で大きく役立つだろう」と期待を示している。

さて、では、インドネシアのニュースではいったいどう扱われているのだろうか。全国紙ではなく、南東スラウェシ州ブトン島の地方紙 Radar Buton の記事にしか該当するものを見つけられなかった:
Selasa, 28 Jul 2009, | 22

Bahasa Cia-Cia dalam Abjat Korea

BAUBAU- Setelah Bahasa Wolio disusun dalam abjat Korea, kali ini giliran Bahasa Cia-Cia. Peresmiannya dilaksanakan bertepatan dengan ritual Mataa di Kelurahan Gonda Baru, Kecamatan Sorawolio, belum lama ini.

Launcing alphabet Bahasa Cia-Cia ke Bahasa Korea, diwakili Prof Le Ho Yung. "Orang Korea (Le Ho Yung, red), tertarik dengan aneka bahasa di Buton, salah satunya Bahasa Cia-Cia, yang saat ini belum mempunyai aksara," kata Sekot Baubau, Suhufan, kemarin.

Kata dia, guru besar dari Korea itu menyatakan pulau sekecil Buton dan Baubau, ternyata tersimpan banyak bahasa. Alhasil, kristalisasi kerja sama tersebut kembali dipertegas dalam acara malam ramah tamah Festival Perairan Pulau Makasar (FPPM) ke-2. Le Ho Yung turut hadir.

Untuk menyukseskan komitmen tersebut, pihak Pemkot berencana membangun sebuah lembaga bahasa. Diantaranya, menjadikan Bahasa Cia-Cia sebagai satu pelajaran muatan lokal, ditingkat SD, SMP, dan SMA, misalnya di Sorawolio.(p8)

上のインドネシア語記事の日本語訳を作ってみたのが以下(ただし、インドネシア語 Korea は朝鮮と訳出した):
2009年07月28日(火)22時(UTC+8)

ハングルでチアチア語

【バウバウ発】 すでにウォリオ語はハングルで書字化されているが、今度はチアチア語の番だ。公式発表は、さきほど、ソラウォリオ郡ゴンダバル村のマター (Mataa) の儀式と同時に行われた。

チアチア語の文字を朝鮮語表記として立ち上げたのは、Le Ho Yung 教授を代表とするチームだ。"現代でも文字を持っていない、ブトンのいろいろな言語、その1つがチアチア語ですが、それらに魅力を感じたのが朝鮮人(編集部注: Le Ho Yung)です" とバウバウ市広報の Suhufan 氏は昨日、語った。

同氏によれば、朝鮮から来たこの大先生はブトンやバウバウのようなちっぽけな島に実はたくさんの言語が保持されていることを明らかにしたのだという。けっきょく、Le Ho Yung も出席した第2回マカッサル島「水の祭典」の懇親の夕べの行事において、上述の研究成果はもう一度、皆の前で披露されることとなった。

この学術的な提言を役立つものとするために、市当局側は言語関連の1部門を創設する予定だ。それまでの間、チアチア語は例えばソラウィリオなどで、小中学校、高校での地域学習の1教材となる。(p8)

私の個人的意見としては、インドネシア人は一般的に言って遠来の客に非常に礼儀正しい。しかも「大学教授」はとくに田舎ではめちゃくちゃ尊敬されている。これらの点は日本人以上だと思う。

また、文中の「水の祭典」をネットで調べたところ、インドネシア語の別の記事がヒットした。日本でいうところの「お祭り」そのものであって、どんちゃん騒ぎとみなして良い(マカッサルに縁のある島の持ち回りのお祭りの、今回の開催地がバウバウ)。そして「マターの儀式」は、ソラウォリオ郡ゴンダバル村の人たちの出演による、お祭りの出し物の1つだ。

バウバウの名無しさん曰く
「遠来の威張ってる大先生に失礼があってはいけないんだけど、どうすればいいのかわからない…。そうだ!今度の祭りの出し物にしてしまおう。えっ、言語部門だって?何のことだお前正気か、ここはインドネシアだぞ。」
という裏事情があったのではないのかと私の想像が走り出して止まらない。

いくらでも他につっこむところがあるが、結論としてのコメントは2言だけにしておく:

韓国、寒い。みっともない

---
付記: 写真は 2008年6月10日。Bau-Bau の対岸近くにあたるスラウェシ本島の Kendari 空港にて撮影した、空港の看板。このときは、Tomia 島に行く飛行機が悪天候のために Kendari に避難したのだ。ちなみに、Tomia の人に私が聞いた話でも、 Tomia あたりでは島や下手をすると集落ごとに言語が違うから共通語としてインドネシア語はありがたいのだ、とさ。(← インドネシア語がとっても簡単な文法と文字の言語だから、ですよ。)

己のための単語帳: red = reduksi, Sekot = Sekretaris Kota, Pemkot = Pemerintah Kota

2009-07-14

Titipan Kilat Penyehir (読了)

2009-07-09 のエントリからだいぶ時間が経ってしまったが、読み終わった。

[前回のエントリとか、書くのと校正にものすごく時間が掛かってる。分かりやすく(?)簡潔かつ正確に書くというだけでかなり考えないといけなかったんだから。あれは、本からのコピペじゃなくて再構築なんだよ。]

調子が出てくると、読むスピードが上がる。所要は実質 12 時間くらい?うち、約8時間は昨晩だ。(ちなみに、辞書は1回も開いていない。)

おかげで、現在、完全に昼夜逆転中だ。

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「魔女の宅急便」は、スタジオジブリのアニメと日本語の原作が違うことはうわさでは知っていた。実際に読み終わっても、どっちがいいとか悪いとかそういう比較はできないが。(or したくないが。)

いちおう、感想文:
  • 小説なので当然だが、「世界」の設定が細部にまで行き渡っている
  • Kiki と Zizi がアニメよりもっと危ない目にあっている(たとえば、上の画像)
  • 報酬を度外視して営業していて、これで食って行けてるのかと心配になる
  • 高慢ちきな人はみな外見はきちんとしていて、一見変な人が実はかなり優しい
  • 舞台となる町や都市がとっても和風(全然、洋風ではない)
要するに、原作はアニメとはまた違って、魅力的でした。

第1巻の最後でも、まだクロネコ Zizi は Kiki の言うことを解する (この巻は、Kiki と Zizi が一旦里帰りして 2 年目が始まるところで終わる)。そうじゃなきゃ、物語が続かない。

というわけで、第2巻以降もインドネシア語に翻訳してくれないかなあ。。。(え、日本語で嫁?)

---

最後に。実はどういうおべんきょうのために読んでいたかを告白しよう:

リベンジのためだ。

「インドネシア語技能検定」の C 級を取ったあと、 B 級に4回は落ち続けた。もう7、8年も前のことだが。で、これはへこんだ。(未だに B 級は持っていない。)

上のリンク先に「評価基準と査定内容」というのがあるのだが、私がそれより昔 (学習時間120時間程度の頃) に取った C 級は
基本的なインドネシア語を理解できます。挨拶や自己紹介、呼出や伝言、道案内、簡単な手紙、掲示、商品の説明書などが読め、 簡単な文章を書くことができます。
が基準だとあり、一方、 B 級は
日常生活や職場に必要なインドネシア語を理解し、口頭で表現できます。簡単な説明、電話の応対や通訳ができ新聞記事が読め、簡単な手紙や説明文を書くことができます。
とある。

その「簡単な」の基準の割に、 B 級難しすぎだよ。

とにかく C と B の間にはクリアできない鉄壁があった。 B 級以上にしかない口頭試問で落ちるならまだしも、1次の筆記試験すら1回も通らない。で、私は心の底から完全にめげて、おべんきょうも放棄。だって、B 級もってたって、知名度が低いから誰も評価してくれないし、「B 級の基準」に書いてある「簡単な」ことなら、実際問題として私は全然「困っていない」もん。(←負け惜しみ)

と、インドネシア語検定の悪口を書いたが、気が変わった。次回、リベンジすることにしたのだ。

そのきっかけは、ごく最近になって、公表されている過去問に、リスニングの CD が添付されるようになったこと。これはものすごい変化が検定協会の側にあったことを表す。

というのは、外国語の検定を受けた事のある人なら誰でもわかることだと思うが、部屋の中でどこに座るか、で、リスニングの点数は大きく変わる。もし、「変わらない」という人がいたら、あなたは運がいいか、試験に比べて実力がありすぎるかなさすぎるかのどれかだ。かつて、私が受けて落ちまくったインドネシア語検定のリスニングは、すべて最悪だったのだ:
  • 安いラジカセの音源
  • S/N の悪い録音(わざと雑踏の中あるいは車の中(!)で録音したとしか思えない)
  • 設問も問題文も答の選択肢も1人の中年男性(?)のぼそぼそとした低い声(棒読み)
教室の後ろの方に座ったら、それだけで零点は確定だった。(笑)

現実にはこういう状況で会話をすることがあるが、そんなときには相手の目を見て "Haa?" とでも言えば、相手は同じ内容をもう一回言ってくれるのだから何の問題もない。一発で聞き取る必要があるのは雑踏の中の音源ではないと思う。

というわけ。CD を公表するってことは、だから激変。でも、受けてみたら、全然、昔と変わってなかったり。

試験は1月。落ちたら、その結果はこの blog には書きません。都合の悪い事はなかったことにするのさ。(笑)

2009-07-09

Titipan Kilat Penyihir

上の本を、いまから読む。まあ、スタジオジブリのアニメで内容は知っているから、インドネシア語のおべんきょなのさ。

角野栄子「魔女の宅急便」のインドネシア語版

'Novel anak' (訳: "児童書") って書いてある。さくさく読めなかったら大ショックかも。(汗)

Sesuai tradisi penyihir, pada usia tiga belas tahun Kiki harus pindah ke kota lain. ...

とりあえず、難しい単語は出てこなさそうだ。

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いま、ここを見たら、アニメになったのは第1巻だけで、原作は5巻まであるんだって。知らなかったよ。

日本語で読めば?というつっこみは、なしね。

2009-05-24

kamar kamera

昔から、ピンホールカメラというものの存在だけは知っていた。でも、実際にそれを所有したり、撮影してみたことはなかった:フィルムをセットして、露光時間を決めて撮影、現像、というのが面倒そうだったのだ。それに、ピンホールカメラ本体も、なんだか自作しなきゃいけない、身の回りにある材料で自作していかに綺麗に撮るかが「勝負」、という気配がそのスジの人たちにただよっていたのが恐かった。しかも、大判の白黒フィルムを使い、自分専用の暗室で自ら現像・定着を行うのが掟だったりしそうだし。(誤解だったらごめんなさい。)

デジカメの時代になって、なんと、ピンホールで撮影することが大幅に簡単になっている。最近、そのことが、 ネットを彷徨っていて分かった。つまり、デジタル一眼レフのレンズを外して、ボディーキャップの代わりに、ピンホールをつければいいのだ!

露光時間を失敗したってデジタルだから痛くない:その場で出来上がりを確認できるから光量を測定も計算もしなくていいし、何しろコストはタダだ。便利な世の中になったものだ。

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ピンホールはアメリカの Lenoxlaser.com で作って売っている "Pinhole Body Cap Lens" を調達した。穴をレーザーで空けているため精度が良い。その代わりこれは高価な部類に属する。

似たようなものを腕前しだいで、ほとんどただ同然で自作することも可能だ。ちょっとネットを検索すれば、そのやり方を紹介するページがいくらでもヒットする。でも、自作は、なんだか面倒くさい。なにしろ腕前は私にはまず確実に無い。自作のお道具を自慢する趣味も全然ないし。

というわけで、 Lenoxlaser。

日本製(ケンコー)のピンホールボディーキャップもあるようだが、高いものを買った方が撮影意欲(道具を使う喜び)がわきそうなので、アメリカ製にした。「根性無し」「自己矛盾」と笑わば笑え。(笑)

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さっそく、外で景色でも撮ろうかと思っていたのだが、今日はあいにくの雨。とりあえず、試しに、自宅の Mac の回りを撮ってみたのが上の写真。

35mmフィルムよりCCDの面積が狭い、安物のデジタル一眼なので、思ったより画角が狭い(考えれば当たり前だったんだけどね)。あらかじめ調べてたから分かってはいたことだけど、 CCD のゴミがもろに写り込む。うーむ。独特のボケ味はいいんだけど、これは…難しいな。

次は何を撮ろうかと被写体の思案中。。。私の得意な水中じゃあ使えないだろうしなあ。。。

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今回のエントリのタイトル "kamar kamera" (カメラ部屋): インドネシア語の kamar もラテン語(or ギリシャ語)の camera もたぶん語源は同じで "部屋" って意味なんじゃないかなあ。。。と、ピンホールカメラの歴史を調べていて思った。いつもと同じで根拠ない、けどね。

2009-03-25

Nyepi と Easter

インドネシアの新聞で、本当は大トカゲに人が食われたという数日前の事件を調べたかった。でも、今日のニュース
Sepanjang akhir Maret hingga awal April 2009, PT Kereta Api menyediakan kereta api tambahan demi menampung lonjakan jumlah penumpang. Kenaikan jumlah penumpang menjelang hari raya Nyepi pada 26 Maret dan saat pemilihan umum sekaligus peringatan wafatnya Yesus Kristus, 9-10 April 2009, diperkirakan mencapai 25 persen.
(dari JAKARTA, KOMPAS.com. RABU, 25 MARET 2009 | 06:31 WIB)

が先に目に入ってしまった。

そうだった。明日は Nyepi (ニュピ) だ

Bali 島のヒンドゥーの大晦日 (後述★)。Bali 島では、 Nyepi の日出から次の日出 (新年の最初の日出) まで、次の Catur Brata
  • amati geni (tiada berapi-api/tidak menggunakan dan atau menghidupkan api)
  • amati karya (tidak bekerja)
  • amati lelungan (tidak bepergian)
  • amati lelanguan (tidak mendengarkan hiburan)
を守らないといけない。Nyepi の日に DPS (Denpasar, Bali) を発着する飛行機は一機もないというのは、有名な話かもしれない。

私は関係ないけど、でも明日、全然、上の4つを守れそうにないなあ…。

上の Kompas.com の記事は、今年は2つの移動祝祭日 [キリスト教 (インドネシアは西方教会系) の復活祭直前の金曜日 (4/10) と Nyepi (3/26) ] が近い (☆) ため、日本のゴールデンウィークのような状態になっており、 Jakarta あたりでは臨時列車を増発するというニュースだ。

イスラムだけではなく、いろんな宗教の祭日を国民の休日にしているインドネシアならではの特殊事情でした。

---
★の部分について補足説明しておく。

いろんなガイドブックやウェブページで「Nyepi は Bali の暦で1月1日です」と書いてあるけど、
  • Nyepi は大晦日
または(同じことだが)
  • Nyepi の翌朝が元旦
が正しい。新年のための精進潔斎の掟が Catur Brata だ。私がここで1月1日ではなく大晦日だと主張する根拠は、インドネシア語版 Wikipedia Nyepi にそう書いてあるから (以下は引用だが、原文の表記の乱れや不統一は直した):


Nyepi
Keesokan harinya, yaitu pada panglong ping limolas sasih kasanga (atau tilem kasanga), tibalah Hari Raya Nyepi sesungguhnya. Pada hari ini dilakukan puasa Nyepi yang disebut Catur Brata Penyepian ...(略)... Brata ini dilakukan sejak sebelum matahari terbit. ...(略)

Ngembak Geni
Rangkaian terakhir dari perayaan Tahun Baru Çaka adalah hari Ngembak Geni yang jatuh pada tanggal ping pisan sasih kadasa. Pada hari inilah Tahun Baru Çaka tersebut dimulai. ...(略)... Jadi kalau tahun masehi berakhir tiap tanggal 31 Desember dan tahun barunya dimulai 1 Januari, maka tahun Çaka berakhir pada panglong ping limolas sasih kasanga, dan tahun barunya dimulai tanggal ping pisan sasih kadasa.

いいかげんに日本語で抄しておくと、


Nyepi
その次の日、つまり、第9月第15黒分日 (言い換えれば第9月の晦日) になるとすぐに Nyepi の日が始まる。…

Ngembak Geni
Çaka 暦での年末年始行事の最後は第10月第1の日の Ngembak Geni だ。この日から Çaka 暦の1年が始まる。 … だから、西暦年は毎年 31 Dec. に終わり 01 Jan. に始まるように、 Çaka 暦の一年は毎年 panglong ping limolas sasih kasanga (第9月第15黒分日) に終わり penanggal ping pisan sasih kadasa (第10月第1白分日) に始まる

Nyepi が基づいているのは、Çaka (あるいは Saka とも綴る) というインド系の暦だ。念のため: 日本の旧暦は中国系の暦なので、完全に異なるからね。

[インド系に限らず、暦に関しては suchowan さんのサイトがすごく詳細だ。左段の "暦の説明" のプルダウンメニューから、「インド太陽暦」や「バリ暦」を選べば、この blog で紹介している一部分ではなく、全容を知ることができる。ただ、残念なことに、どうも suchowan さん、サイトをもう維持する気がないみたい。]

インド系の暦では、朔から次の朔までを1太陰月という。それを、月の位相12度で区切ったのが太陰日だ。ここまでは、地球と太陽を固定して考えたときの月の位置だけで定まる。1太陰月はきっかり30太陰日だ (白分15日+黒分15日)。地球の自転や公転は関係ないから、世界中で、毎太陰月や毎太陰日の区切りは一斉に訪れる。

しかし、当然これに地球の自転と公転がからんでくるわけで、ごちゃごちゃしてくる。

Bail の Çaka 暦での1日 (太陽日) は日出の瞬間から次の日出の直前までだ。ある日をその月の「第何日」と呼ぶかは、その日の始まりの日出を含む太陰日と同じとする決まりだ 。

[ただし、9週間に約1回、日出を含まない太陰日がある。その場合、月内のどこかに「欠日」を置き、第n/n+1日のように表す。また、話の順としては、ここで本当は自転と公転にからむ「太陽月」なる概念の説明が必要だが、今回の記事とは関係が薄いので、ばっさり省略。これは、次の段落で、第9とか第10とか書いている、「何月」という呼び名の説明が省かれたことに相当する。]

第9太陰月 kasanga の最後の太陽日を Nyepi という。朔から第10太陰月 kadasa (インド暦に共通の、正月 Vaiśākha に相当) が始まる。今回の第10太陰月の始まりの朔は現地時間の深夜 2009-03-27T00:06+08:00 で、朔以降の最初の日出は 3/27 の朝である。

以上のような、読むのも書くのも面倒なストーリーが Wikipedia の記述の裏にはあったのだ。

自分のための単語帳: panglong [黒分日], penanggal [白分日], limolas [15], pisan [1], sanga [9], dasa [10]

---
3/27 20:07 付記 ☆: よく考えたら、「3月21日 ≤ "望" ≤ 日曜」を満たす最初の日曜が Easter だった。「"春分" ≤ 朔」を満たす朔の直前の日出がNyepi の始まりなので、Easter 前に Nyepi がある場合、あいだが14日〜21日なのはよくあることだね。(汗)
ただし、 "望" や "春分" は現代の高精度の軌道計算でなく、古来の簡便計算を用いる。

2009-02-05

(printc 'nightmare)

昨晩のゆめの中で、

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自宅に大勢の人が来ていた。誰かが夕食を作ってくれて、みんなで食べたらしい。

半数くらいの人が帰り、残った人が後片付けをしていた。

[このあたりから、ゆめの記憶は鮮明になる。]

机の表面を鋭いナイフで軽くなでているおじさんが居た。
「何するんですか!」
と問い詰めると、
「いや間違って傷つけちゃったからね、こうして直しているのさ」
と言う。おじさんがなでていたあたり以外にも広範囲に傷がある。ずいぶん長い間その作業をやっていたらしい。ナイフでなでることでおじさんには元の傷が見えなくなったらしいが、斜めから光をあてればかえって広範囲に傷が付いてしまっていることがわかる。

「あーあ。もう、いいですから、さわらないでそのままにしておいてください」
と言うとそのおじさんはうなづいた。

と、その次の瞬間、別のはげおやじが後ろから現れ、おじさんがなでていた、机の傷のあるエリアに
「こうすりゃいいんだよ」
といいながらヤカンの熱湯をジューっと注ぎかけた。熱湯をかけたエリアと、熱湯が流れ落ちた机の部分の塗料ははげ、こげ茶色だった机には大きな白い染みができてしまった。
「何するんですか!」
と私が叫んでも、後のまつり。

ナイフのおじさんとはげおやじと私が、まだ湯気の立っている机の表面を見てぼうぜんとしていると、後ろから台ふきんを持ったおばさんが現れ、熱湯をふき取ろうとした。

間一髪、おばさんの手を押さえ、
「そんなことしたらお湯が回りに広がるでしょ!」
と私が叫んだ。おばさんも
「拭いたほうがいいわよ」
と譲らず、もみ合いに。
「服に染みがついたとき急いで擦ったら染みは広がるでしょ」
と私が冷静に言い聞かせても
「だいじょうぶよ」
と聞かない。

[というところで目が覚めた]

---

どういう夢を見るか、を重要視する心理学の分野は科学的ではない。夢判断という占いに過ぎない。でも、悪夢はできることなら見たくない。

というわけで、「おやすみなさい」のかわりに使われる 1. 英語、 2. インドネシア語 の表現を思い出した:

1. Dream my dream. (女性が男性に向けてのみ)
2. Semoga mimpi mimpian indah dan manis.

残念ながら、1. を言われたことは一度しかない。そのときはうろたえてなんと返したか覚えてないが、だいぶん後になって、ある小説を読んでいて正しい返答法を知った: "As usual." かっこいいなあ。

2. と同じことだが、省略して "Mimpi manis." などとも言う。意味は「美しく甘い夢を見ますように」だ。男に言われたこともあるから、性別を問わず使っていいのは確かだ。これの正しい返し方は知らないのだが、 1. の知識があるので私は "Seperti biasa." と言う事にしている。うそつき。(笑)


2009-01-12

الزِئْبَق



『astronomy ではダメだが astrology なら食える』と言った人がいたらしい。私はいつも、天文学と占星術に相当する英単語は逆なんじゃないかと混乱する。日本語の「豆腐」と「納豆」という単語もそんな感じだが、混乱はしてないけどね。

今回の記事のネタは、タイ語の何曜とか何月とかいう単語が、天文学 (占星術?) と関係があるという話。

これだけではよく知られている話なのでわざわざ取り上げるほどの内容ではない。そこでおまけとして、インドネシア語(マレーシア語)の何曜という単語の由来も書いてしまうことにする。

必要なフォントがインストールされてない環境では、今回の記事はまったく読めない。でも、私には書けちゃったので気にしないことにする。

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タイ語の曜名は、日本語などと同様、太陽系の星名に由来する。タイ語の星名の語源はサンスクリット語だ。

下は、タイ語 音写表記のサンスクリット語 日本語 という形のリストだ。

อาทิตย์ āditya 太陽
จันทร์ candra 月
อังคาร aṃgāra 火星
พุธ budha 水星
พฤหัส bṛhaspati 木星
ศุกร์ śukra 金星
เสาร์ saura 土星

天体としての太陽ではなく日曜日であることをはっきり示したいなら、「一日」を表す วัน の修飾語として วันอาทิตย์ のように用いる。他の曜日についても同様だ。

私にはタイ語の曜名を直接覚えるより、サンスクリット語で覚えてしまったほうが早いように思える。木星だけ 主 (人) を意味する語尾 -pati がカットされているが、あとはほぼ機械的に変換できる。もちろん、タイ語とサンスクリット語の綴り字の対応規則を知っているのが前提だ。

サンスクリット語では、それぞれの天体に「意味付け」があり、各単語はその意味でも用いられる。

太陽 太陽神 ya の子
月 光り輝くもの
火星 幸せ、繁栄、戦い、焼き尽くすもの
水星 賢い、理解力のある (仏陀 buddha と同根)
木星 祈祷の主、神々の師匠
金星 輝く、明るい、悪魔の師匠
土星 ゆっくり動くもの

なんだか占いじみてきた…でしょ。

でも、そもそも日本語(中国語)で惑星の名に火、水、木、金、土と付いているのはそれらのエレメントで世界がすべて成立しているとする五行思想の影響であり、それは占いみたいなものだ。

また、まだ日本に七曜の概念が無い大昔に1週間を7日とする方法が輸入されたのだが、そのときは7日周期で1日を太陽系の1星と結びつける占星術としてだった。そういうわけで、日本では曜名として星の日本名が流用され、日曜、月曜、火曜、水曜、木曜、金曜、土曜となっているのだ。(参考:Wikipedia 日本語版「曜日」の項)

占星術と五行思想のミックス…。占いって重要みたいだ。

ちなみに、 Wikipedia の上記ページによれば、曜の順「日月火水木金土」は、星を当時の定説 (プトレマイオス等が提唱) での『遠い』順に「土木火日金水月」に並べた上で1時間ごとに次の星に動く (最後の次は最初に戻る) と考えれば、「土」の24時間後が「日」、「日」の24時間後が「月」、…となるから、だそうだ。(汗)

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タイ語で、何月、という月名は、占星術で出てくる黄道十二宮に由来する。語源は、やはりサンスクリット語。

下は、タイ語の月名 星座名 音写表記のサンスクリット語 日本語の月名 星座名 中国語(?)の星座名  という形のリストだ。

เมษา ราศีเมษ meṣa 4月 おひつじ座 白羊宮
พฤษภา ราศีพฤษภ vṛṣan 5月 おうし座 金牛宮
มิถุนา ราศีเมถุน mithuna 6月 ふたご座 双子宮
กรกฎา ราศีกรกฎ karkaṭa 7月 かに座 巨蟹宮
สิงหา ราศีสิงห์ siṃha 8月 しし座 獅子宮
กันยา ราศีกันย์ kanyā 9月 おとめ座 室女宮
ตุลา ราศีตุลย์ tulā 10月 てんびん座 天秤宮
พฤศจิกา ราศีพิจิก vṛścika 11月 さそり座 天蠍宮
ธันวา ราศีธนู dhanvin 12月 いて座 人馬宮
มกรา ราศีมังกร makara 1月 やぎ座 摩羯宮
กุมภา ราศีกุมภ์ kumbha 2月 みずがめ座 宝瓶宮
มีนา ราศีมีน mīna 3月 うお座 双魚宮

ราศี は星座という意味だ。

月名であることをはっきりさせたいのなら、その月の日数を30日と比べ 大きい / 等しい / 小さい に応じて語尾に คม / ยน / พันธ์ を付ければ良い。例えば1月なら มกราคม だ。また、例えば、占星術でいうおひつじ座の期間 (タイでは流派によって3月21日〜4月19日だったり4月14日〜5月14日だったりするらしい) と4月1日〜30日の期間とは完全には一致しないが、タイ語では4月を表すのにおひつじ座に由来する単語を使ってしまっている。混乱しないように注意しよう。(笑)

月名もタイ語でいきなり覚えるのは大変すぎる。サンスクリット語の綴り字とはほとんど対応しているので、やはり、サンスクリット語のほうから覚えた方がいいと思う。急がば回れ。でも、タイ語の単語が仮に正しく綴れても、一字再読とかルールがいろいろあるから、発音が出来るかどうかはまた別問題で難しいんだが。

中国語での「摩羯」 (まかつ) は makara の音写だ。もともと makara はヤギなんかじゃない怪しい想像上の動物なので、中国人はあえて訳さなかったらしい。うお座も占星術の絵を見ると必ず2匹が逆向きに並べてあるので「双魚」。いて座だってケンタウルスみたいなやつ(インドとギリシャとどっちが先かは知らない)だから普通名詞の射手では失礼だ、というわけで「人馬」なんじゃないのかな。

完全に占いになってしまった。(汗)

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最後に、インドネシア語(マレーシア語)の曜名。語源はアラビア語。

下は、インドネシア語 日本語 アラビア語の意味 アラビア語の読み方(正確じゃないからね) アラビア語 という形のリストだ。

Ahad 日曜 1 わーひどぅん واحِدٌ
Senin 月曜 2 いすなーん اِثْنان
Selasa 火曜 3 さらーさ ثَلاث
Rabu 水曜 4 あるばっあ أرْبَع
Kamis 木曜 5 かむす غَمْسٌ
Jumat 金曜 (礼拝のために) 集まる じゅまっと جُمْعة
Sabtu 土曜 7 さぶっあとぅ سَبْعةُ

曜日であることをはっきり示したいなら、「一日」をあらわす hari の修飾語として用いればよいのは、タイ語と同じ。また、日曜日は hari Minggu という別の語の方が普通だが、これだけはアラビア語とは関係ない。

何人かのインドネシア人に訊いてみたけど、語源がアラビア語の数詞だなんて誰も知らなかった。Sabtu の語源のアラビア語 (たぶんヘブライ語も?) の単語 سَبْعةُ は、英語の sabbatical の語源でもある。どこかの世界を作った神様は7日目はサボったんじゃなかったっけ。

でも、インドネシア語の曜名を覚えるのにまずアラビア語からというのは、たぶん遠回りしすぎ。


2009-01-11

兄姉/弟妹

偉い学者が編纂した辞書なのだから誤りは皆無かというと、そんなことはなかったりする。特に、マイナーな言語(学習しようと思う人が少ない言語)の辞書でその傾向は顕著だ。

昨日の記事で、谷口五郎氏のインドネシア語辞書の hati の項に誤りがあるという話を書いた。この辞書には誤りが多いのだが、一番最初に気づいたのは kakak という単語の説明に

(誤)"kakak 姉"

と書いてある箇所でだった。 kakak に対立する語は adik なのだが、谷口辞書では

(正)"adik 弟または妹"

とあり、 こっちは正しい。したがって kakak も

(正)"kakak 兄または姉"

が正しい。英語の brother (兄または弟) 、sister (姉または妹) とは 兄弟/姉妹 関係の切り口が直交している。日本人は中学入学以来、頭脳の外国語部分を英語でフォーマットされてしまっているため、混乱しがち。慣れればどっちにせよ同じ程度の不便さで済むようになる。(笑)

(あとでタイ語の話をするので:タイ語とインドネシア語は同じ 兄姉/弟妹 という切り口だ。)

これらの言語でも、もっと細かく、たとえば「兄」だけを指すことができる。英語では複合語にして elder brother (年上の brother)と表現すればいいし、インドネシア語でも kakak laki-laki (男の kakak) でいい。物事をおおまかに切っても、不足している属性を補う修飾語を付加することで細分化が可能なのだ。

ただし、もともと物事をおおまかに切ってあるのを他の外国語に翻訳しようとすると、困難な場合がある。一例を挙げよう:
--- Harry Potter シリーズにインド系(?)の双子の姉妹が登場する。 "her twin sister" という描写は日本語へ翻訳困難だ。なぜなら「彼女の双子の姉」か「彼女の双子の妹」という風に、年上か年下かが分からないと翻訳できないからだ。そこで、日本語版翻訳者の松岡氏は原作者に問い合わせたそうだ。しかし、英語話者は双子(や三つ子などなど)のメンバーには年上も年下も無いと認識しているため「はあっ?」という答えが返って来たそうだ。しょうがないので、日本語版では勝手に上下をつけて訳出したらしい。今、手元に本がないので詳細を確認できないが。---

ここまで読んだ時点で、ひょっとすると、日本語は概念が細かく切ってあって「便利だ」あるいは「非論理的だ」と思ったかもしれない。しかし、ある一つの言語を、便利とか非論理的とか言うのは完全に間違っている。それは、ある特定の言語(英語の場合が多い)より細かく切ってある場合に「非論理的」、広く切ってあるときに「英語は論理的」などという根拠の全くない言いがかりをつけているだけだ。

それでは、日本語よりももっと細かく切られている一例を挙げよう。中国語(日本語にも漢字熟語として借用)での例だ:日本語の おじ/おば は親の brother/sister を表す言葉だが、漢字で表現する際には、 kakak の場合は「伯」を用いて 伯父/伯母、 adik の場合は「叔」を用いて 叔父/叔母 と細分化される。

---

中国語の上のプロセスは、いったん おじ/おば をそれぞれ 父/母 と同一視した後に 伯/叔 で細分化して特定する、というものだ。 伯/叔 は「被修飾語をいったん抽象化してから細分化する」、めんどくさい修飾語と言える。あるいは、 父/母 という字自体が おじ/おば をも含む広い意味範囲を本来持っており、修飾語が無いデフォルトでは特に ちち/はは を表す、と考えても結果は同じだ。

そういえばタイ語で、上の 伯/叔 と同じような現象に出くわした。

手元のタイ語-日本語辞書やタイ語会話集などには

เขย 親族の婿
สะใภ้ 親族の嫁

と書いてある。しかし、同じ辞書や会話集の用例を参照する限りではそのようには訳されておらず、たとえば、 P เขย は全て「P の婿」と訳されている:

พี่เขย 実姉の婿
(ただし、 พี่ は狭義で「実兄または実姉」の意味。だから、機械的に P の婿という訳を適用すると「{実兄または実姉} の婿」となるが、実兄は婿をとらない。)

という具合だ。けっして「親族の婿の {実兄または実姉}」とは訳されていない

タイ語の語順は 被修飾語+修飾語 なので、 P เขย をいきなり「P の婿」と訳すのは正しいにしろ納得しがたいものがある。

実は、ここに、上述の 伯/叔 と似たプロセスがあると思われる:指し示したい (義理の) 縁者 X をいったん X の配偶者 (この人には血縁関係を表す語 P が狭義で既にある) と同一視した後、「P の婿」「P の嫁」という形で属性を付加し細分化して提示する。そういうめんどくさい修飾語なのだ。あるいは、血縁関係を表す語 P は(特に、その配偶者 X を直接あらわす語がない場合には)広い意味範囲を本来持っており、修飾語が無いデフォルトでは特に血縁関係のある方を表す、と考えても結果は同じだ。

[余談:タイで地元の先生に習った時、この点はとても混乱した。先生の説明ではこれらの単語の意味は「義理の P」 (P เขย が「妻の P」、 P สะใภ้ が「夫の P」) だった。先生とのコミュニケーションが英語とタイ語の併用だったから、ちゃんと説明されたのに誤解したという可能性もなきにしもあらず。でも、その意味だとすると辞書の用例の訳とくい違うと、ちゃんと質問したんだけど。おそらく、英語話者向けにアレンジされた教材と教育方式だったから、説明や訳語が相当歪んでいたというのが真相だろう。それとも、チェンマイ方言ではそういう意味なのか?]

男女を区別しない พี่ をイメージしながら、まとめよう。 พี่ (広義) を細分化する際、タイ語ではインドネシア語流の

m. 男の
f. 女の

という2分割は採用せず、

m1. 男の(血縁関係のある場合に用いる)
m2. 男の(血縁関係のある女との婚姻によって関係の生じた場合に用いる)
f1. 女の(血縁関係のある場合に用いる)
f2. 女の(血縁関係のある男との婚姻によって関係の生じた場合に用いる)

という4分割にした、ということ。

ただし、義兄を広い意味では「兄」と言ってしまっても嘘にはならないのと同様、m1 で m2 (f1 で f2)を指してもいいようだが。

2009-01-10

肝心要の

きっかけは次のニュースだった:

[カイロ 8日 ロイター] エジプトの考古学者らが紀元前24世紀にエジプトを支配した王の母親、シェシェティ女王とみられるミイラの一部を発見した。エジプト政府が8日、明らかにした。(ロイター)

「シェシェティって誰?」と調べ始めてしまった。で、Wikipedia の「ミイラ」の項を見て、女王の名前なんかどうでもよくなってしまうような面白い記述を、古代エジプトのミイラの作り方の箇所に発見:

… 内臓の摘出には開腹手術をおこなったが、脳の場合には頭蓋骨を開かず、鼻から鉤状の器具を挿入して取り出したらしい。現代人からすれば脳を崩してしまうことは復活の条件を失わせることのように感じられるが、理性の宿る場所を脳と見做さなかった当時においては死後身体から離れた魂にこそ霊性が宿るとの観念に立てば、心理的抵抗は無かったと考えられる。古代エジプト文明においては、脳は鼻水を作る為だけの器官と考えられ、捨てられていた。むしろ心臓が理性の場と考えられたため、これは取り出さず死体に残された。… (Wikipedia 日本語版「ミイラ」より)

最近、鼻水が止まらないのだが、脳が活発に働いていたのか。(笑)

理性の場が脳であるという認識は、昔の人々には無かった。それは古代エジプト人に限らず、例えば、古代ギリシャ人は横隔膜にこそ理性が宿ると思っていた(「カリフォルニア時間」さんに詳細な記述があるのを発見)。

一方、古代のインドネシア(マレーシア)あたりの人々は、たぶん肝臓に理性の場があると思っていた。以下は、その説明で、論拠はインドネシア語の単語 hati。 この名詞にはいろいろな意味があって、KBBI 第3版には

hati n. 1. Anat. organ badan yg berwarna kemerah-merahan di bagian kanan atas rongga perut, gunanya untuk mengambil sari-sari makanan di dl darah dan menghasilkan empedu; 2. daging dr hati sbg bahan makanan (terutama hati dr binatang sembelihan); 3. jantung; 4. sesuatu yg ada di dl tubuh manusia yg dianggap sbg tempat segala perasaan batin dan tempat menyimpan pengertian (perasaan dsb); 5. apa yg terasa dalam batin; 6. sifat (tabiat) batin manusia; 7. bagian yg di dalam sekali (tt buah, batang, tumbuhan, dsb);

とある。用例が豊富に付いていたがばっさり省略。上の文を日本語に翻訳すると、

hati 名 1. 解剖学用語 腹腔右上部の赤みがかった臓器で, 血液中の栄養分を集めたり胆汁を分泌したりする; 2. 料理の材料としての肝臓の可食部 (特に屠殺したての動物の肝臓); 3. 心臓; 4. 人間の体の中のある一部分で, 全ての感情と意識 (感覚など) とを掌ると見なされている場所; 5. 心の中に感じるところのもの; 6. 人の心の性質 (あるいは性格); 7. (果物や茎や植物などに関して) とても奥にある部位;

のような感じ。いいかげんに訳したので、間違ってても知らない。日常生活での使用頻度では、 1 と 3 の意味で使われることは少なめで、2 と 5 と 6 はとても多めかな。 5 から派生した語 hati-hati も頻繁に使われ、例えば "Hati-hati, ada hantu" なら「お化けに気を付けてね」だ。

上述の通り、 hati には「肝臓」と「心臓」という全く別の2つの意味がある。おそらく古い意味は肝臓の方で、当時は理性の場も肝臓と見なされていたはず。ところが後に、理性の場を心臓と見なす考えが輸入され、理性の移動に伴って場の名称も引っ越し、 hati は心臓も意味する事になった。ということだと思う。

横隔膜
肝臓
心臓


そこに理性が宿ると言われれば、たぶん、体のどの部位であってもそこにあるような気がするのだ。「頭を使って考えてるような気がする」のこそ、実は錯覚に他ならない。無用の知識が邪魔をしなければ、そんな「気がする」はずはない。という気がする。

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付記1: 「肝試し」とか「肝が小さい」などと言う時の、日本語の「きも」という単語が hati の 3 以外の意味範囲をぴったりカバーしている。日本語の古い形が残っていると言われる沖縄語で「ちむぢゅらさん(肝美らさん)」は「心が清い」の意味だ。何の事は無い、古代日本人も肝臓に理性が宿っていた。

付記2: 私が昔、インドネシア人に言葉を習いに行っていたころによく使っていた、故 谷口五郎編纂の「インドネシア語−日本語辞書」には hati の項に肝臓という意味が載っていない。このせいで、練習問題として出された文章の意味が分からずけっこう悩んだ。質問に対して、私の先生はインドネシア語と日本語を併用して一生懸命「肝臓」を説明してくださったのだが、その場では理解できなかったほどだ。理解できなかったのは、知識がある谷口五郎氏も同じだ。なぜなら、谷口辞書序文には KBBI の初版を参照した旨の記述がある(実際、用例と語義順はほとんどが KBBI のパクリ)にもかかわらず、 KBBI に「1. 肝臓」と書いてあるのをわざわざ訂正して「1. 心臓」としているのだから。

2008-12-30

Coto Makassar

2008年12月29日の記事の中に、 Coto Makassar を試そうと思って云々、と書いた。

Coto Makkasar について、インドネシア語版の Wikipedia に簡単な記述があったので、日本語に翻訳してみた。間違ってたって知らないよ。

--- 日本語訳
Coto Makassar (チョト・マカッサル) あるいは Coto Mangkasara (チョト・マンカサラ) は、南スラウェシ州 (Selawesi Selatan) マカッサルの伝統食である。この料理は牛のモツ(内臓)を長時間煮込んで作る。牛モツに牛肉を混ぜて煮込んだのち、一口大に切り*、そして独特な方法で下ごしらえした香辛料を用いて味を付ける。 煮込みは椀に盛られ、ちまきと "burasa" (訳注:インドネシア標準語では buras。米と、ヤシの実ジュースをバナナの葉で包み、蒸して作る菓子) とともに供される。 最近は、 Coto Mangkasara はほぼインドネシア全域の、路傍の屋台はもとより高級レストランにいたるまで広まっている。2008年11月からは、ガルーダ・インドネシア航空国内線マカッサル発着便の機内食メニューの1つに Coto Makassar が加わる予定だ。
--- Dari Wikipedia bahasa Indonesia, ensiklopedia bebas

[*: 原文では diiris-iris。インドネシア語の mengiris-iris は「切る動作を複数回繰り返す」という広すぎる意味範囲を持つ翻訳困難な単語。日本の料理用語の「刻む」に近いが、切った結果が「細かい」というニュアンスは全く無い。 Coto Makassar に関しては、 Wikipedia の写真を見るかぎり一口大に切ってあるので、ここではそう訳出した。]

なるほど、ガルーダのマカッサル線に乗れば、 UPG を彷徨わなくてよくなったんだね。というか、 Wikipedia の記述にある通りで、考えたら、インドネシア国内のどこででも食べられる料理だった。

もともと、なんでこんなにこの料理にこだわっているかというと、私が「モツ煮」が好きであるということ以外に、思い出があるから。それは、インドネシア人に「"Tunggu sebentar" は日本語で何て言うの?」って訊かれて「チョットマッテネだよ」と答えたら、相手が冗談でチョットマッカサールと騒ぎ始めたというもの。たわいないけど、当時はチョトマカッサルなる物の存在自体を知らなくて、冗談の意味が分からなかった。のちに、町でそう書いた看板を見つけたときにとても驚いた記憶がある。ちなみに、 coto はインドネシア標準語では soto、同じく Makassar は Makasar と綴る。

今度、インドネシアに行く機会があったら、どこかで試してみよう。その後、自宅で試作もしてみたいな。レシピと写真を blog に載せたい、という欲求があるし。

2008-12-09

Selamat jalan

(写真は今日20時過ぎの避難岸壁)

強風で荒れ模様の父島。

二見港の避難岸壁に一昨日から三重県のマグロはえなわ漁船が停泊してるのは見てたので知っていた。

今日、ダイビングから帰ってきたら、若い船員さんがその漁船の前で暇そうにこっちのダイビングボートの着岸を見てた。

ダイビングサービスの O.M. さんがこっちのボートを繋留し終わり、下船し、彼に歩み寄って気さくに話しかけた。でも、英語も日本語も通じない。「いとーさん、インドネシアって言ってるよ」

マグロ漁船には日本人3人、インドネシア人2人が乗り組んでいるそうだ。彼は中部ジャワの出身。マグロ漁船に乗って3年になる。今、船には約4tのマグロがすでに漁獲されてる、などなど。私の方も訊かれたので、もう何回もインドネシアに行ったことがあること、先月は Ambon と Sorong にダイビングで行ったこと、などを喋った。

「海況によるけどたぶん今日の夕方か夜には出航すると思う」と言ってたので、さっき、お別れを言いに避難岸壁へ。でももう出航してた。

インドネシア語は父島でも通じる。ってそんな機会はもうないか。


2008-11-28

スクーバタンク

どういう答えが返ってくるかを予想してから、たわいない質問をしてみたりする。質問は当たり前のものではダメ。予想が当たると嬉しいレベルでないと。

例えば、いま目の前に居る相手が3人姉妹の1人であることがわかったら、「上の娘が一番チビで下の娘が一番背高い、って、背の高さが順番になってたりしません?」と質問。こないだは予想が当たった。

今日は、ダイビングのインストラクタのMさんに質問。「ダイビングで使うタンクの中には空気がギュッとつめてあるって聞いたんですけど、だいたいどのくらいの量の空気なんですか?」

もちろん私は分かってるが、質問者がこれからダイバーになる人あるいは初心者であると仮定の上で、どう説明するかが質問の意図。説明の仕方が予想通りであれば質問者の私は大喜び。

結果は、予想通りの説明をしてくださいました:「だいたい電話ボックスくらいの空気が入ってます、って俺なら言うなあ」と。わははは。なぜかインストラクタの方々は電話ボックスに喩える、という予想が的中。

でも、最近、電話ボックスが絶滅寸前。新しい喩えを考えなきゃね、という話になった。 Kamar kecil と題に含んでる blog の筆者として私は「便所の個室くらいの量の空気」でいいと思うけど、この説明をされた人には、タンクにつめてある空気が臭うような気がしちゃったりしてね。


2008-11-15

Mendarat Darurat

そのうち消去されそうだから、自分のためにここに全文コピー。(現物は http://www.kesbangpapua.com/index.php?show=9&catid=5. 02 JUN 2008)

--- 引用、ここから
Merpati, Mendarat Darurat di Biak
SORONG- Diduga mengalami kerusakan pada salah satu mesin, pesawat Merpati yang berangkat dari Sorong tujuan Makassar-Jakarta kemarin (1/6), tertahan di Biak.
Akibatnya, penumpang yang sedianya tiba di Makassar sekitar pukul 15.00 WIT baru tiba tadi malam sekitar pukul 21.30 WIT. Dalam keterlambatan tiba di Makassar, penumpang sempat dibuat panik luar biasa.
Betapa tidak, pesawat sempat mengalami guncangan keras disertai dengan beberapa kali bunyi ledakan dari mesin pesawat. Untung saja pesawat berhasil mendarat darurat di Biak sehingga nyawa penumpang pun berhasil terselematkan.
Dihubungi koran Radar Sorong (Grup Cenderawasih Pos) melalui telepon selularnya tadi malam, salah satu penumpang tujuan Jakarta membenarkan pesawat Merpati yang ditumpanginya dari Sorong tertahan di Biak.
Karena pesawat yang ditumpanginya mengalami kerusakan pada salah satu mesin, dalam penerbangan ke Makassar, penumpang dari Sorong pun ganti pesawat dengan menumpangi menumpangi pesawat Merpati dari Jayapura tujuan Manado -Makassar.
"Di Biak tadi (kemarin-red) kami menunggu sekitar 3 jam. Pesawat Merpati dari Jayapura diminta singgah di Biak untuk mengangkat kami," ujar penumpang itu yang menolak namanya dikorankan.
Bagaimana hingga Merpati mendarat darurat di Bandara Frans Kaisepo Biak?
Dituturkan oleh penumpang itu bahwa pesawat Merpati dengan nomor penerbangan 807 itu terbang dari Bandara Domine Eduard Osok (DEO) sekitar pukul 13.30 WIT.
Saat take of semuanya berjalan mulus alias tidak ada tanda-tanda akan adanya kerusakan mesin. Namun setelah terbang sekitar 30 menit, tiba-tiba pesawat mengalami guncangan yang cukup keras yang kemudian diikuti dengan bunyi ledakan dari salah satu mesin pesawat.
Mendengar ledakan di pesawat, semua penumpang pun pada panik. Apalagi bunyi ledakan tidak hanya sekali terdengar. "Kita kaget sekali. Bunyi ledakan yang besar itu dua kali, setelah itu diikuti dengan bunyi ledakan susulan kecil sekitar 2-3 kali," ungkap penumpang itu.
Dalam kepanikan penumpang yang luar biasa, pesawat sempat terhempas turun dan 5- 10 menit kemudian naik lagi. Untung saja pilot masih dapat mengendalikan hingga membawa pesawat itu mendarat darurat di Biak.
Di Bandara Frans Kaisepo Biak, suasana tegang pun dirasakan penumpang ketika melihat mobil pemadam kebakaran dan peralatan emergency lainnya menyambut kedatangan pesawat yang nyaris celaka itu.
"Syukur kami penumpang semua selamat. Pesawat mendarat di Biak tadi (kemarin-red) sekitar pukul 15.00 WIT," tandasnya.
Tiba di Biak, kata penumpang itu, tidak ada penjelasan terbuka dari pihak Merpati akan kondisi mesin yang sebenarnya. "Merpati hanya katakan ada gangguan teknis. Setelah tiba di Biak saya cek pesawat itu langsung masuk hanggar karena mengalami kerusakan pada salah satu mesin," ujar penumpang yang juga salah satu politisi di provinsi Papua Barat.
Dengan menumpangi pesawat Merpati nomor penerbangan 841, sekitar pukul 18.00 WIT, akhirnya penumpang yang tertahan di Biak tiba di Bandara Hasanuddin Makassar pukul 21.30 WIT.
Dari kejadian ini, sumber Koran itupun mengaku trauma. "Saya besok (hari ini-red) lanjutkan penerbangan ke Jakarta. Tapi saya pakai pesawat lain saja. Ya saya masih trauma dengan kejadian ini," ujarnya.
Untuk mendapatkan penjelasan lebih jauh penyebab mendarat darurat di Biak, sayangnya Distrik Manager Merpati Sorong, Andi Darwin yang dihubungi Ponselnya tadi malam tidak aktif. (ros)
--- 引用、ここまで

これは2008年6月1日の話。長い記事だけど、要約すると「Sorong からMakassar へ向かった MZ807 便がエンジントラブルで Biak に緊急着陸した」って、どっかで聞いたような話だなあ。大きな音が数回するほどのエンジントラブルで、乗客全員パニックになったようだ。でも、エンジントラブルを「テクニカルな障害」 "gangguan teknis" とごまかしている所は一緒(英語に逐語訳すると "technical interference" になって事情の分からなさ倍増。笑) 。事故機の代わりに臨時便を飛ばすわけじゃなくて、後続便や近くを飛んでる自社便に寄ってもらって振り替えているところも一緒、そのために遠いけど就航便数の多い Biak に「緊急」着陸してるんだもの。

2008年11月8日の事故も地元では新聞ネタになってないのかと探してみてるけど、ネット上でまだ見つけられていない。同一機体の同一エンジンのトラブルに違いないんだけどなあ。

以上、昔の事故だけど見つけてしまったので、誰かが 消去/忘却 しようとしてもできないように、この blog にて封印。

Gara-gara Merpati, saya terlambat berangkatan dari Indonesia!


2008-11-10

Pinisi


けさ、帰国。

今回のインドネシアのダイブクルーズ。現地で乗船したのは、 pinisi という大型木造帆船だった。 上の写真は KBBI の pinisi の項。「Sulawesi Selatan (南スラウェシ)の Bone、Buton 地域を発祥とする伝統的な帆船で、メインマストは2本、帆は船首3、前マスト2、後マスト2の計7枚を持ち、島と島の貨物輸送に使われる」と書いてある。

ただし、pinisi は 1970年ころまでは純粋に帆船だったが、現在ではエンジンが付いている。構造材は kayu ulin (学名 Eusideroxylon zwageri)。この木は、とても硬くて重く(気乾比重でも1.03より大きく、海水に沈む!)、フナクイムシやシロアリの攻撃にも強い。だからとても堅牢で耐久性のある船だ。

Eusideroxylon zwageri は国際自然保護連合 (IUCN) のレッドリストで「危急」とされており、インドネシアとマレーシアの政府は国外への輸出を公式には禁止している。が、なぜか日本では堂々と「ウッドデッキに最適」と売ってる材木屋があるんだよね。)

設計とか造船の方法とか用いる素材とかは、多くの人々の長年の知識や経験の結実なのでなかなか変えられない。だから、pinisi に限らず、帆船にエンジンを無理矢理付けたような船がインドネシアにはけっこう多くある。これらを総称して Kapal Layar Mesin (KLM) と言う。「船」「帆」「機関」の意味だ。帆がある船として登録すると税金が安くなるという事情も、KLM が多いということと関係あるだろう。KLM が機関を使わずに帆だけで進めるかどうかは、構造上はおそらく今でも大丈夫なので、クルーがその技術を持っているかどうかにかかっている。これはとても疑わしい。

日本でもヨットに機関がついていたり船外機がついていたりするが、KLM では帆は飾り。日本のヨットとは違う。

11/7のエントリ「クルーズ終了」に、実際に私が乗った KLM Cheng Ho の写真がある。

Cheng Ho は中国が「明」の時代に皇帝の命により大航海をした鄭和 (Zhèng Hé) にちなむ。1996年の進水当時に Sea Safari V と呼ばれていた船を改名したようだ。なぜ改名の必要があったのかは知らない。どうやら現在のオーナーは、中国系のインドネシア人らしい。私の船室の前には「漁夫得利」と題された、老人が魚を釣り上げている彫刻が飾ってあったりして、何か気になった。魚とダイバーが戯れている間に経営者がお金をかすめ取るという意味かい?(かつてインドネシアは漢字の書かれた本を禁止していた時代があるため、中国系の人でも漢字は読むことができない。実際、隣のマレーシアとは全然違って、インドネシアには漢字の看板は全く無い。だから、たんに分かってないだけかもしれない。)

というのはさておき、KLM は一般的に船足が遅い。Cheng Ho は巡航速度 6 kt。 これでも速い方だ。もともとマストに力を受けてこそ滑らかに走る設計なのだから、スクリュープロペラを用いたのでは推力の場所が異なり、必然的に安定性を欠くことになる。しかもエンジンは積荷としては重たすぎる。従来は想定されていなかったこの重量のせいで船全体のバランスも崩れてしまっている。だから、少しでも波があるとすごく揺れた。これはパワーのあるエンジンに載せかえれば解決する問題ではない。

(ちなみに、Cheng Ho の操舵室には舵輪が2つあった。昔ながらの帆船としての舵と、スクリュープロペラの水流を制御する舵だ。)

ダイビングクルーズに KLM を使うのは豪華で居心地が良いように見えて、実は、上に述べた理由で、いまいち。海況が悪化したとき、島陰から島陰へと縫うようにノロノロとしか走れなくなることを考えれば、とーんでもなく余裕のある日程を組まざるをえない。

今回は、Raja Empat へ行くことを売りにしていたクルーズで Ambon から Sorong まで11泊だったのだが、実際、一番いいところでの滞在時間が短かすぎ。ガイド自身のそのポイントでの経験が少ない、あるいは、ひょっとして全く無いから、テンダーを止めてダイビングを開始する場所も不適切。"Cape Kri" は何度も潜ったからすごく楽しみにしてたのに、あんなに流れの下流でエントリしちゃ特異点に行けないじゃないか。Raja Empat へ行きたいのなら、P. Kri にある、 Max Ammer さん(とっても素敵な方です!)のリゾートに滞在したほうがいい。両方を体験した私が言うのだから間違いない。

いろいろと考えさせられた。"... is what I get when I didn't get what ..."、つまり、得られなかったとき得られるものが多くあった。他のことはもう書かないけど、乗り継ぎ時間が得られなかったときに得られる経験、ということも含めて。

2008-11-07

打ち上げ


旅の終わりは、打ち上げパーティと決まってる。このblogでは、ボケた写真ともきまってる。

ボートのクルーのインドネシア人が歌と踊りを。で、インドネシア語の歌、意味が分かってしまう(英語だとわかんないんだよなあ)。なぜか、さびの部分が
sayohnara sayohnara sampai jumpa kembali
という歌。「さよなら」の部分は日本語。白人さんたちはどこの意味もわからず踊ってた。私はクルーにインドネシア語ができると知られてるので、彼らの視線を感じた。大声で合唱。

下手にちょっとわかるのも、苦労する。。。


2008-09-10

PADI とは

この blog の、今日のもう一つの記事は NAUI というダイビングの指導団体の本の表紙のネタだった。

世界で一番メジャーな、ダイビングの指導団体は PADI だろう。実は、「PADI とは」インドネシア語で「稲」のことである。

日本語では、稲に直接関連する基本語彙が3つある。
1. いね (植物としての名称)
2. こめ (種子の名称)
3. めし (種子を調理したものの名称)
これらは厳密に区別されており、たとえば「俺、今朝はパンじゃなくて稲、食ってきた」という日本語は何か変だ。

英語では稲に関連する基本語彙は rice しかない。だからもし、上の3単語を区別する必要があったら、rice に何か形容する語を付加して、複合語にせざるを得ない。

インドネシア語では、日本語と事情が似ていて、稲に直接関連する基本語彙が3つある。
1. padi (植物としての名称)
2. beras (種子の名称)
3. nasi (種子を調理したものの名称)
nasi とめしは、使い方も一緒で、本来の意味以外に「食事全般」を指すこともある。(たとえば「めし食えるならだいじょうぶ」という場合のめしは、食事全般、なんでもあり。インドネシア語だったら nasi を使って "Kalo bisa makan nasi, tak apa2." で同じ意味じゃないかな。)

これに加えて、インドネシア語では、麦に直接関連する基本語彙も3つある。
1. gandum (植物としての名称)
2. terigu (種子の名称)
3. roti (種子を調理したものの名称)
ただし、麦の種子は粉にして用いられ、麦の粉もの全般を指す語が roti だ。

インドネシア語が優勝。日本語の負け。英語は惨敗。(べつに、勝負ではないが。笑)

ところで、上に出てきた nasi (日本語での「めし」)という単語。とっても、惜しいと思う。

NAUI は、
National Association of Underwater Instructors
の頭文字を取ったものなのだが、
National Association of Scuba Instructors
だったら、頭文字を取って NASI という団体名になってて、PADI と NASI はインドネシア語の稲つながりだったのに!

と、インドネシア語を解するオーストラリア人の NAUI DM に言ったことがあるんだけど、うけてました。よかった。

実は、 Scuba という単語自体がすでに頭文字を取って作った略語だから、それの頭文字の S ってのだけにするのはかなり無理なんだけどね。

ま、冗談ということで。

2008-08-15

e-ticket


IATA に加盟している航空会社の航空券は、現在、全て e-ticket になってしまった。つまり、昔ながらの、赤いカーボン複写の国際線航空券やら、搭乗券風の ATB と言われるやつは、ほぼ絶滅した。日本は、国内線もほぼ e-ticket になっている。

e-ticket になったとはいえ、空港のチェックインカウンタとか入国審査で、航空券を「所持」していることの証明が必要な場合がある。そのため、航空会社のコンピュータ上に電子的に存在している本物の航空券へのポインタとして「e チケットお客さま控」というのが発行される。ポインタだから削除しても(つまり、紛失しても)、本物は消えない。仮にポインタが複数あっても(つまり、盗難などにあって再発行しても)、本物は1つだから問題は起こらない。

航空会社によって、「e チケットお客さま控」のフォーマットは異なる。国際的に統一されているわけではない。まあ、たいていは昔ながらの航空券面を読みやすく冗長にした作りになっており、実は、その中の e-ticket number のみがポインタとして働く。極端な話、他の情報は不要。

上の画像は、Garuda Indonesia 航空の「e チケットお客さま控」。今日、Garuda の東京事務所から、メールの添付ファイルとして、PDF 形式で送られて来たやつを、この blog に載せるために一部分カット。

すごい。

私の見立てが間違えてなければ、絶滅寸前の「ドットインパクト・ラインプリンタ」と「連続用紙」を用いたプリントアウトをスキャンして PDF にしたものだ。まさか、ドットインパクトプリンタ風フォント(?)を用いて、シートフィーダの用紙送りムラにともなう縦方向の印刷の飛び/重なりや、ヘッドの往復にともなう周期2(行)の横方向の印字ずれまで再現するような、そんな無駄にすごいツールがあるわけがない。

他の航空会社のはどうなんだろう。ここまでアナクロなのは、たぶん少数派。

Garuda の東京事務所は、日本にあるけどインドネシアだ。インドネシアは時間が止まっている。古いものを捨てない。なんでもそのまま使い続けて、新しいものは追加でほんの少しだけ導入する。つまり、発券業務のカウンタには e-ticket 化にともない、スキャナだけ導入。発券システムのプログラムは出力の文字列をちょびっと変更しただけ。それ以上の変更はせず、カウンタのお姉さまがスキャナを動かすという作業がちょびっと追加。(なにせ、すくなくとも2007年の正月までは、 Garuda の東京事務所で赤いカーボン複写の航空券を発券していたのだ。)

Orang Indonesia bisa membuat, misalnya, rumah tapi tidak bisa mempertahankan itu. (インドネシア人は、例えば家とか、作れるけどメンテナンスはできない)インドネシア人の知人がそう言っていた。

けだし至言なり。

2008-08-06

翻訳困難


12年くらい前、英語で書かれた、数学の専門書の翻訳を2人でやったことがある。

専門書なので内容の翻訳は簡単。文学的な表現なんか無い。

困難だったのが、かの有名な Knuth が著者たちに献じた1ページの序文。これだけで2週間は翻訳が滞った。英語としては意味が明瞭なのだが、Art という単語の微妙なニュアンスを日本語にうまく移せないのだ。共訳者は「だいたいでいいんじゃないの」と言うが、こういうところでは私は完全主義者になってしまう。ま、ねばったおかげで、12年前の私の、今よりずっとつたない英語力の割には良い翻訳だったと言えるのではないだろうか。

ちなみにこの専門書。ある1つの驚くべき事実の証明のために書かれたものだ。で、良くない。いちばんデリケートな部分の証明がわざと省略されている。よくあるんだよね、こういう数学の本。読者がどうせわからないと思って馬鹿にしているのだろうね。

ある言語から別の言語に表現を移す作業(翻訳)は、上であげたのはほんの一例で、困難な場合がある。

よく、「日本語は非論理的だ」と主張する人が例に挙げる文
『象は鼻が長い』
は英語へは翻訳困難だが、インドネシア語へなら簡単だ。
Gajahnya hidung panjang.
語順そのままで、単語を置き換えただけ。「象は」の「は」の微妙なニュアンスまで nya という接尾辞で完璧に翻訳されている。

また、美しい日本語を使う代表者、川端康成の「雪国」の出だし
『国境の長いトンネルを抜けると雪国だった』
もそう。英語へは困難、インドネシア語へはきわめて容易。
Terowongan panjang perbatasan dilewat situ negara salju.
これもほぼ単語を置き換えただけ(修飾語と被修飾語の語順だけ入れ替わっている)。

実は語学の一番の楽しさは、こういうのが翻訳なしに分かるようになることにあると思う。翻訳困難なものを、原語でそのまま理解できるのだから。

ちなみに、上記の数学の専門書。日本語訳の本はあちこちに配ったり売ったりしてしまったので、実は私の手元には1冊もない。出版元でも絶版だから私がもし手に入れようとしてももう手に入らない。でも、私には日本語訳はそもそも不要なんだから、手元に置いておこうとか手に入れようとか全然思わないのだ。笑

ところで、私の blog はわざと翻訳困難な文章で書くようにしている。専門用語だって解説なしに書き放題。「広い読者を獲得するため平易な表現を用い、万人が興味を持ちそうな話題を書く」というのももちろんできるけど、そんなのはみんながやってることだし、そもそも書いててつまんない。あえて真逆。分かる人にしか分からない仕掛けを文章の中に仕込むようにする。分からない人には意味不明でよい。

いったいどういう読者を想定しているのか?いいんですよ。それが私の Art なんだから。

2008-06-26

入浴する

インドネシア滞在中に、ジャワ島出身のダイブマスタといろんな話をしていた。彼はとても面白い男で、体型がドラえもんに似ているので、私はしばしば彼のことをそう呼んでいた。

ちなみに、インドネシアでも Doraemon は広く知られており、発音もそのまま。コミックスになったインドネシア語版ドラえもんを見た事があるが、副題が "Kucing Masa Depan" (「未来猫」の意味だが、直訳すると、「前方」の時代の猫)と付いていた記憶がある。そこで、一度、彼のことを Kucing Masa Depan と呼んでみた。さすがにこれはすぐには通じなかった。私が説明したら、彼は笑いながら「じゃあ彼は kucing masa belakang だね」(belakang は depan の反対語で、「後方」の意)といいながら、ちょうど近くを歩いていた猫を見た。そんな言葉ないってば。ただの kucing だってば。。。(爆)

多くのインドネシア人は母語と母国語が違う。たとえば彼の場合、母語(生まれた時から子供時代に家庭内で使われた言語)はジャワ語で、母国語(国家が、国民が共通に使うべきと定めた言語)はインドネシア語だ。実は、インドネシア人で母語をジャワ語とする人口は約半数も居るのに対し、インドネシア語を母語とする人はスマトラ島の Riau あたりにしかおらずはるかに少ない。インドネシア語はマラッカ海峡をはさんだマレー半島の言葉(マレーシア語)とほどんど同じで、ジャワ語とは全然ちがうのだ。

では、なぜ話者人口が第一位のジャワ語がインドネシアの「母国語」でないのか。それは、ジャワ語は日本語と同じく、複雑な敬語表現があり、母語話者以外には習得が比較的困難である、というのがおもな理由だ。インドネシアが第二次大戦後に独立するときに、国内のいろんな言語を比較して、最も習得が容易な言語を「母国語」にしたと聞いた。

つまり、多くのインドネシア人はバイリンガルなのだ。(ただし、細かいことを言うと、インドネシア語が教育や公式の場で用いられる副作用として絶滅に瀕しているマイナーな言語も国内に多く、聞くほうはわかるけど喋るほうはインドネシア語しかできない、あるいは、各言語独自の敬語が使えないような若い世代もだんだん増えつつある。)

そういう言語事情の人々なので、私のように、インドネシア語を学ぼうという人にはたいていはとても寛容で、間違いはきっちり指摘してくれるし、片言でこちらが喋ってもコミュニケーションをとろうと努力してくれることが多い。この言語は学ぶのが本当に楽しい。この点は、英語を母語とし、他言語の学習経験の全くない人たちにしばしば見受けられる態度と異なる(が、そういう無知傲慢なのが目立つから「しばしば」見受けられるような気がするだけかもしれない。いや、ぜひ気のせいであってほしい)。

というような話を、ドラえもんとしていた。自然と、話の流れがジャワ語の敬語表現がどういうものなのかということに移ったのだが、彼がまず例に挙げたのが、「入浴する」という単語。熱帯なので、「入浴する」といってもバスタブに湯を張ってつかる習慣はなく、「柄杓で水をすくって体にかける」に相当する。

ジャワ語では3つの単語がある。
siram (目上の人や客人などがご入浴なさる)
adus (自分、あるいは、自分との上下関係を意識しなくていい人が入浴する)
pakpung (子供が入浴する)

わー、覚えるのが大変だ。間違えたら失礼だし、子供に敬語つかっても変だ。その点、インドネシア語は簡単だね、っと今度は私が例を出した。
Saya mandi. (「私は入浴する」の意。「私」の部分は誰になっても mandi を使って失礼ではないし、変でもない)
Saya memandikan kuda. (「私は馬に水浴びさせる」の意。 me+mandi+kan で目的語 kuda を持てる他動詞になる)

すると、彼が即座にきり返した。
Saya dan kuda bersama mandi. (私と馬が一緒に水浴びする)

あははは。簡単だけど、奥が深いね。